整理と再編成



前回のブログにも書きましたが、8月に入ってから、
気になっていたけど手をつけてなかったことに
少しずつ取りかかれるようになりました。


自分の環境を整えることや
後回しにしていた事務作業など
できていないとなんとなく流れが見えず
不安になったり焦ったりするようなこと、
ひとつひとつは小さなことですが、
溜まってくるとすごいストレスを受けていたことに気がつきました。



最初はどこから手をつけたらいいか、
圧倒されそうな気分だったのが、
コツコツと作業を続けていくうちに
少しずつ整理整頓が進んできました。
そうするとざわざわした気分も減ってきました。



やることに追われて
それをこなすことに精一杯だったときは
かなり圧がかかっていて
なんとも気分がよろしくなかったのです。


たぶんできない自分を責めてしまう癖が出てきて、
それでアレルギー状態になってしまうのですね。
気分が焦るというのもありますし、
低血糖ぎみになったり、
咳が出たりとかですね、
いろいろ反応が出ました。


*****


先日、今年から始めた勉強の講義に行く途中
バタバタとテキストを見直していて
しっかり身についていないため
テストの一夜漬けのような気分になってしまいました💦
ちゃんと復習したりできなかった自分を責めている
過去のパターンが浮上してきました。


今は遠い昔になりますが、
私は30代くらいまで、
「卒論の締め切りが明日なのに
テーマも何も決まっていない💦」
とパニックになる夢を見ていました 笑




完璧主義や
あれこれやりすぎてしまう癖…
キャパオーバーですし、そもそも無理なのに
自分が悪いと思い込み
何もかも中途半端な気持ちになり
自信が持てなくなるというパターン
あってもいいけど、
もっと適当でもよかったなと
今は思えますよ 笑



楽しくなくなったら
気をつけようと思います。


何かを習得するとき
車の運伝を例に挙げると
4つのレベルの状態があります。

1)車の運転がまったくわからない
2)自分がうまく運転できないことに気がつく
3)うまく運転するために、継続的に意識して注意を払っている状態
4)隣に座っている人に話しかけながらでも問題なく運転することができる


3のレベルで止まっちゃうと苦しくなるんですね
4のレベルは無意識でできちゃうレベルです。
無意識的有能性


4になると意外にも、
車の運転ができるのは普通のことになるから
何かを成し得た感覚もなくなっています。


そこになにか達成感!みたいなものを期待していると、
あれれ?となってしまいます。


すべて幻想といえばそうなので
その幻想を楽しめばいいだけ、なのかな、
淡々とですね。




難しいと思われることも
単純なものから成し遂げていくうちに
フラクタルのように
複雑で洗練されたパターンを作り出します。




整理と再編成を繰り返していくと
処理する能力が長けていき
気がついたら楽しくてやれていた
ということに気がつきました。






大事なこと


お盆休みも終わって
また通常モードに戻ったかたも多いかと思います。


私も先週はお休みして
障子を張り替えたり
カーテンを洗ったりと
普段できないような大掃除をしました。


今のうちの間取りはちょっと使いづらいな…
そう思っていましたが、
いろいろ手をかけていったり、
配置を変えたりしてみれば、
それなりに整っていくものですね。


あるもので十分。
活かしていけばいいだけです。



自分の勝手な決めつけが
ものごとを固定化しているんだなと実感。




はぁー、スッキリした!





障子の桟を拭いたり、
窓ガラスを磨いたりするだけでも
うちの中がくっきりと輝いて見えます。


窓やカーテン、壁とか障子とか
空間を構成しているものを掃除すると
空間そのものがクリアになってきます。


空気感や佇まいはオーラのようなもの
構成要素の重なりによって出来上がっています。
どういう空間にしたいのかを考えるとき
自分の中での大事なことに行きつきます。




あれもあって
これもある…
じゃあ、それをどう見せていくのかな…?
どう組み合わせていくんだろう?
何を省いて何を加えればいいのかな…?



ブループリントに基づいて、
現実のものを手を入れていったり、
配置を変えてみたり、
そういう作業はとてもクリエイティブで
自分の原点をくっきりさせる作業でした。



日々の仕事の中で
じっくりと考えながらできることではないので
こういう機会に
作業をしつつ自分の中を掘り起こしています。



オーラリーディングは本質の翻訳





先日、セッションにいらっしゃったお客さまから
私のリーディングが正確だというご感想をいただきました。


「正確」というのは、
以前にも習っていた先生から言われたことがあり、
私の方も興味があったので、
「正確さというのは、どういうことなのでしょう…?」
と逆に質問してみました。


そうしたら、
なにか直感で正確に読んでいる気がするということでした。
私も彼女の言わんとすることがなんとなくわかりました。


オーラを読んでいるときは、
私が見て感じているその人のオーラの質感を
なんとかそのまま伝えたいという思いがあります。
それが「正確」という表現になっているのですね。



そのことについて、とてもヒントになったことがあります。
私の友人がFace Bookで
昨日のブログにコメントしてくれた一部を引用します。



「それは上等なお茶を戴くような静謐な時間でした。
オーラの層をひとつひとつ丁寧に見て
テクスチャーを説明していただきました。」


あぁ、なるほど…
私がセッションで大切にしていることを
的確に表現してくださっているな…
ヒントをいただきました!


オーラとはその人そのものの輝きです。
本質の光です。


オーラと呼ばれている光でできた立体的な構造体を
私は言葉に翻訳してお伝えしています。
「オーラを読むことはその人の本質に触れること」なのです。


本質に触れたとき人は静謐になります。


争いがあったとしても、本質に触れると静まります。
穏やかに心が静まっている状態は
私だけじゃなくて相互に起こっています。
空間がそうなっているからなのです。


美しさや豊かさや幸せは
現象の中にあるものではありません。


その人の質感に触れたときに現れてきます。
それをたくさん見てきました。


オーラリーディングが
ご自身の輝きを思い出すきっかけとなれば嬉しいなと思います。






真実の断片が集まって…


今朝、茶碗バスの花が開いていました!
今年はふたつ咲きました!
2年ぶりなので、嬉しいです!


こちらは、先週末に咲いた最初の花。


ふたつ咲くと華やかです✨


昨日からリーディングについて書こうとしていたのですが、
まとまらなくて…
正確にリーディングすればするほど
曖昧な感じになってしまう(と自分では思ってしまいます)


真実は一面だけではないので、
多面的に見たら、どうしてもそうなってしまうのかなぁ…
ということを書きたかったのですが…
また、まとまったら別の機会に。

過去のブログを読んでみたら、
書こうと思っていたことに近い内容がありましたので、
引用します。



*****


リーディングやヒーリングのような
いわゆるエネルギーワークをするときは、
即興の作業です。


話している先から、
どんどん言葉を手放していくような作業でもあり、
話しながら、意味がわからなくて
それでも浮かぶ言葉をつないていくと、
だんだん全体図が見えてくるような感じです。


そのときの集中する感覚がとても好きです。
あるものを全部使って、やっていく作業。
頭に入っていても、身についていないものは使えません。


だから、自分の中で、今できるもの
あるものを使いながら、
真実の断片に近づいていく作業が、
好きなのかな。


その言葉は、発したらどんどん
目の前の人に渡っていって、
私はおぼろげに覚えているけど
時が経つと忘れてしまいます。


世界に言葉を解き放つように
出来不出来も関係なく
その瞬間を信頼して
解き放ったものが
相手にとって良いことだったら、と思います。




問題なし


今日も木陰を選びながら公園を散歩しました。
木の中を歩いていると、
セミの大合唱に包まれました。

いろんなセミの声があちこちから聞こえて
音のシャワーを浴びているようで、気持ちよかったです。



後ろ姿もかわいらしいひまわり。


百日草のお花畑
明るい色で楽しくなります。


*****

先日のデスティネーションクリスタルヒーリングのセッションから。

いつも定期的にいらしてくださるお客さまのNさんです。

内容は加工してあります。


今回のテーマは、「ときどき胸がキューンとして、

ひとりにされるのや、仲間外れにされると思うと、

ちっちゃ〜くなってしまい、

なぜなのかを見ていきたい」ということでした。

(普段のNさんは、職場で問題もなく良い仲間に囲まれているそうです)

デスティネーションクリスタルヒーリングは、

目的地を決めて、それに対して見ていくのですが、

今回のテーマも大きく関係しているようなので、

探ってみることにしました。


*****


催眠には入っていくと、

いきなりいろんな反応が出てきました。

それを丁寧に見ていくと

大好きだったおじいさんとの思い出が浮かび上がってきました。

よく一緒に遊んだこと…

寝る前にいつも怖い話をしてもらっていたこと…

いたずらをして、お仕置きされたこと…

病気だったおじいさんの体調や感情なども

いろいろ混ざっていました。

小さな子供の頃は、自分と周りの人との区別もなく

いろいろなものを感じ取ってしまいます。


*****



そこには罪悪感があって、

何か悪いことをするとお仕置きをされる(仲間外れにされる)

それは自分が悪いことをしたから

という「思い」があって

自分を責めていたようです。



テーマにあった「ちっちゃーくなる」という表現も、

子供の頃に退行していたから出てきていたようですね…

セッションの初めの雑談のときに

「人に優しくできなかった」という後悔が出てきていました。

それがおじいさん(自分のではない)に対してだったのも、

みごとにシンクロしています。



「それで何かクレームが出たのですか?」と聞くと

「とくになにも問題は起こっていません」とのこと。


それなのに

人に優しくしてあげられない自分のことを

話さずにはいられないNさん。

深いところにこのような思いがあったと気がついたら、

とても呼吸が楽になって、気持ちも楽になったそうです。



こういう思いはどの人も持っていると思うのです。

そこに固まっていた思いが解放されると

「問題がないのに問題の中に入ろうとする」のが消えていきます。














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