VINA AMUU展示会のお知らせ


VINA AMUUジュエリーの展示販売会のお知らせです。
7月21日より開催します。


日時:7月21日(火)〜27日(月)
   21日16:00〜19:00 初日は16時より開催いたします。
   22日〜26日 12:00〜19:00
   27日12時〜18時 最終日は搬出のため18時までとなります。

会場:ぎおん石 銀座店 
4 F ギャラリーぎおん石


   
ご来場の予定を事前にお知らせいただけたら幸いです。コロナ対策として、マスク着用で会場入口でアルコール消毒をして ご来場ください。混み合う場合は、外でお待ちいただくこともあることを、ご了承いただきたく思っています。
        

DMメール↓をご希望の方はcontactよりお問い合わせください。



東京の感染者数が増えてきまして外出自粛要請が出た場合は、
延期となる場合もあります。
慎重に対策を取っていきたいと思っていますので、
どうぞご協力をお願いいたします。


*****
今は日々製作してしています。


こちらの写真は、先日購入した工具です。
毎回、道具を買うとワクワクします。
楽しいんですよね。


左上の赤い丸いものは、小さなヤニ台です。
松ヤニが入っていて、石を留めるときに
ジュエリーを固定して割れないように衝撃を和らげてくれます。


大きなものは動かないように中に重石も入っているから
すごーく重いです。

こちらの小さなものは、
小さな石に穴を開けるときに、
固定するために使おうと思っています。
彫金机の上でリューターを使いながらできるかなと。
やってみないとね。
ホントわからない。



こういうことをしたい!というのがあって、
それをするにはどうすればいいかなと考えて
道具を揃えたりカスタマイズして
自分なりの使い方を習得することが
私は好きなんだなと改めて実感しています。
試行錯誤して、身体で覚えていくことが好き
毎日発見があるから。



なんとなく頭の中にあることを
こちらの世界に持ってくることが
もどかしいけど好きなのかもしれません、。
逆に、見えない世界に突き動かされているのかもと思ったり。


形のない世界、言葉のない世界にいちばん興味があって、
あまりにも曖昧だし、捉えようがないものの一片を
形にしたり、言葉にしてみようと
奮闘しているのかもしれません。
そのことが楽しいと思えるようになりました。















固まらないで繊細に表現し続ける


先日、銀座のメゾンエルメスで、サンドラ・シントの
「コズミック・ガーデン」
を観にいきました。
宇宙やスターダスト、ブルー、すべてが私の好物でした😊


このインスタレーションは、2週間くらいで
サンドラ・シントとそのパートナーと
仲間によって制作されたそうです。

何人かでドローイングしているのに、
誰が描いたとか、わからない
ぜんぶ繋がっていて
違和感がなかったです。
それがほんとに心地良かったです。


深い深い瞑想状態になった時に
個が溶解していき
無意識に溶け込んでいるような感じかな。


感じたのは、すべてきっちり決め込まれていなくて、
全体的なテーマや流れはあって
それを共有して作品が作られていることです。


どこから始まるのかなと思っていたら、
上の写真のような、何枚かの絵があって、
そこが核のようになって始まっていくようでした。






私は完成形があって、
それをそのままきっちり形にすると思うと、
なんだかとても息苦しく感じるし、
退屈に感じることが多いのです。


すべてのものは毎日、変化しているから、
その瞬間を素直に出せているものを見たときに
自然や宇宙を感じるのかもしれません。


たくさんの瞬間が時間を構成しているのかな。


揺れているものが好き。
身体から出てくるままに描いていく。
それでいいんだなと
背中を押してくれたような気がしました。


固まっていないし
息がつけるし
風通しがいいです。


自分が何者とか、
やる前に決めなくてもいいし、
どんどん揺れながらも
アウトプットし続けたら、
自然に形になっていくし、
それは自然で無理のないものになっているのだ思います。


テーマなんかもそう、
あんまりきっちりしなくていいんだよね、って思いました。





主張が強かったりするのも、
奥行きがないように思えるし、
いろんな余白や余韻があるものは
平面の作品でも立体的ですね。



切りとり方について考えてみる


沖縄では梅雨明けしたようですが、
関東地方は、梅雨らしいお天気が続いています。


雨が降っていても、庭に出てみたくなるし、
しばらく軒先でたたずんで、植物を眺めたりしているだけで、
朝起きたとき不調に感じていたのが、スッキリしてきます。


雨が降れば、雫が美しくて…
ふわふわしたスモークツリー
ワサワサ茂っているフェンネル
ハスの上で踊っている水玉


寄ってみていくと、細かいところの美しさに気づきます。
生命の躍動感のようなものを発見します。


雨だから鬱陶しいとか
濡れるから嫌だとか
そういう思いも持っているのですが、
昨日まで蕾だった花が咲いているとか、
キュウリが1日ですごく大きくなることとか、
そういう変化を目の当たりにして、
ワクワクすることの方が多くなりました。



美しさや幸せも、見つけようとすると
見つかるものではないかと思います。



写真を撮るようになってから、
「切り取りかた」によって、
その辺にある見慣れた雑草でも、
すごく美しく見えることに気がつきました。


対象が普遍的な価値を持つものではなく、
見ているものの視点によって、
変化し続けるものであるというのは、
量子力学の実験を思い出しました。





近くに季節の花が美しい小道があります。
そこに咲いているアーティーチョークの花です。





環境とか、人間関係とか、いろいろな要因があるのは当たり前です。
その中で、どう切り取っていくのか、
考えてみると何が自分にとって大事なのかがわかります。


意図することや選択することも似ていますが、
「切りとる」と思うと、とても具体的に感じますし、
今の瞬間により焦点が当たる感じがします。


今の瞬間の切りとり方が、
自分が夢中になっていることで、
それを繰り返していくことだけやっていれば、
とてもシンプルですよね。


頭で考えるというよりは、
五感を使って切りとる方が、
具体的で現実的な気がします。




継続していけば流れに乗っていく


庭にソープワートの花が咲き始めました。
溶けていくようなピンクの花弁の色と
緑の葉っぱの組み合わせが好きです。


この花はとても丈夫でどんどん増えていくので
いくつかの場所に分散して植えてみました。
来年は庭のあちこちで花を楽しめそうです。


最近は、挿し芽をしたり、株分けをしたり
種を取っておいたりすることを覚えました。
トマトやキュウリも育てたりしているし、
庭仕事が少し上達したようです😃



毎朝少しの時間ですが、
庭に出て雑草を抜いたり、水をやったりして、
庭仕事をしています。


去年の写真を見ると
忙しかったので庭が草ぼうぼうでした。
自粛期間のおかげで、
豊かな美しい環境作りに貢献できました。
近所の子供たちも毎日遊びに来るしね。
良いところもいろいろありますね。



紫陽花の花
色のグラデーションが美しい。
いろんな色が混ざっているから
繊細さや深みが出てくるのですね。


この花は周りに星のような花弁の花がありましたが、
原種に戻ってしまいました。
でも、これはこれで好きです。



アガパンサスの花です。
花を守っている苞が割れてきて
たくさんの花が見えてきました。
大切に守られている感じがします。
自然の造形を見ることで、スケッチしているかのよう。


*****



春の花の時期が終わって
今は季節の変わり目の庭です。


先週くらいでしょうか…
種を取るために枯れたままにしている植物などもあるので
なんか嫌だな、モチベーションが上がらない…
次に何をすればいいのか、わからない…と
ちょっとイラっとする時期がありました。


この時期、何するのかな…
6月の庭仕事を検索してみると、
いろいろやることがあるんだなと気がつきました。
ツツジを剪定してみたり、
広がった水仙の葉っぱを三つ編みしてみたり、
挿し芽をしてみたり、
梅雨の時期の対策とか。


今週に入って、
朝、ぼーっとしている時間帯に
雑草を抜くようになりました。
身体が自然に動く感じ。


手間とか仕事量とか考えているよりも、
ちょっとずつでも毎日やるのは、
運動と一緒ですね。
だんだん筋肉がついてくるものですね。



今までは日曜日にまとめてやっていたのですが、
時間もかかるし、取りかかれない日もあります。
短時間でも毎日やっていると、
新しい地面が広がってきて
気分もスッキリです。


エネルギー的にも移行期は、
物理的にも断捨離をしたり、スペースを作ることをすると
ハードディスクを空にしてバージョンアップするように、
すんなり新しい流れに乗れるような気がします。







心が充足するひとときを


先週末に急に思い立って蛍を観に行きました。
美しい里山が広がっている場所で、
空を眺めたり散歩をしながら、
日が沈んで蛍が舞うのを待ちました。



田んぼに映っている空の色もだんだん変化してきました。
その辺りは今どき珍しく
街灯も何にもないところでした。
このロケーションがとても良かったです。


静寂とつながって
暗い中で過ごしていると
だんだん目が慣れてきました。


暗闇の中にいることって
何年ぶりだろう…


子供が小さい頃に夜の山を歩いたことがありました。
その時も最初は暗くてまったく見えなくて
恐る恐る進んでいきました。
そのうち次第に目が慣れていくと、
山の起伏なども分かるようになったことを
思い出しました。


ときおり離れたところで車のライトが光るのですが、
光がないところでは、
その光がぼぉーっと大きく広がります。


トトロの里山のような世界
懐かしいような
異次元の世界に入ってしまったような
夢の中にいるような感じがしました。





蛍は少ないながらも
暗闇の中に浮かんでは消え
浮かんでは消え…


時間が流れていきました。


「この瞬間」をそのまま体験することを
私はどれくらい経験しているのだろうか…


普段体験しているのは
自分の頭の中の世界がほとんど
願いや夢や希望や不安や恐怖…
生存や自分のアイデンティティ
ほかと比べることによって生まれてくる不満や不安


頭の世界は
維持する、守ろうとする
そのことは大事なことですが
変化を恐れる
失うのを恐れる
そこから逃げようとすることばかり意識していると
身体が緊張して縮こまってしまいます。
私たちは現実ではなく
信念の世界で生きていることがほとんどです。


心が充足するひとときは
頭でっかちになってコチコチになった自分を緩めて
バランスへ導いてくれるもの
しばらく経ってからそう思いました。


充足感が何をもたらすのか
それを言語化するのが難しいのですが
生きる気力やエネルギーチャージがなければ
どんどん枯れていくんだなと実感しました。



夢の世界はどっちなんだろう




蛍の光を楽しめるのも
暗闇の世界があるから





ストロベリームーン、帰り道で
どこから昇ってくるのかなと思っていたら、
山の陰になって見えなかっただけでした。






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