6月10日セレンディップさんでセッションいたします。

来月10日(土)に、代々木上原のセレンディップさんで
セッションいたします。
6/16,17と合同展示会に参加するのと
7/1,2に展示販売会をするので、
6月の土曜のセッションは10日のみとなります。

現在1枠残っています。(15時〜)
満席になりました。
ありがとうございました。



【場所】
セレンディップさんのアトリエの2階
千代田線、小田急線、代々木上原から徒歩3分のところです。
オーナーの早川さんはお花を扱うお仕事をされていて
とても素敵な場所です。


セレンディップさんのHP
ブログ
お花のレッスンなどもされているようです。



お借りするお部屋の写真です。

とても広くて静かな場所です。
お庭があって、1Fはお花のアトリエなので、
いい香りがしました。



こちらは1Fの階段のところです。
1Fは、お花のアトリエです。
お庭もあって、お花や木に囲まれた
静かで居心地の良いお部屋です。


お近くのかたや、6月10日がご都合の良いかた
ご連絡お待ちしています。






生と死

先週の土曜日は「エッセンスに触れるWS」でした。
このタイトルの通り、とても深い内容でした。
終わったあとに
すごくプロセスが出てきてしまって
ぐったりしてしまいました。

でも、こんなに深い話を分かち合える場所を
自分が持っていることが、本当にありがたく
分かち合ってくれた皆さんに感謝でいっぱいです。

独りで作るものではなく
物語をみんなで作り上げるような
そこから紡ぎ出される美しい物語に
ときには心を深く揺さぶられることがあります。




こちらはFさんのコラージュです。
つい最近ご家族を見送って
その体験をシェアしてくださいました。


そのお話がとても心を打ちました。
屍体について
彼女はもし叶うとしたら
サバンナのようなところに置いてもらって
ライオンの餌になりたいと。


このコラージュは、
たまたまMさんが持ってきた雑誌に載っていたライオンの写真から。
骨の写真は私が見つけて。
もう、誰がという感じでもなく
話しながら、これが必要そうと思ったら渡すというやり方をしました。

神聖なコラージュだなと思いました。
あ・うん のライオン。
旅立つご家族を見送っていながら
自分の死生観も出ているコラージュでした。



すべてを使い切るというか
死んでもまだ必要とするものがあれば
提供することは地球のためにもなるのではないか。



話は変わりますが
庭仕事をしていて、
毎年この時期になると
たくさん花を咲かせてくれていた一年草が
花がだんだん小さくなっていって
葉の色も薄くなって
枯れることが名残惜しいと思っていました。



残っている花を摘んで家中に活けるのですが、
この気持ちが変わりつつあるような気がしました。
枯れる花もあるけれど、
この時期は土の中にどんだけの種があるんだろうかというほどの
たくさんの草が芽吹いてきて
植えるものがあるなら抜くしかないし
そういうことに対して
量が多いと、淡々と抜いていくだけになっている自分がいます。



気持ちが軽くなってきているのは
量をこなしていったり、
経験が増えるから慣れてくるのでしょうね。










死について
私は子供の頃からすごく怖くて
夜中にふと目を覚まして
心の中でギャーと叫びたくなるようなことが多かったです。
でも、誰にも話さなかった。
話してはいけないような雰囲気があったのかもしれません。
今はそれがいつの間にか癒されたのか
そんなに思わなくなりました。
溜め込まなくなったからかもしれません。



死はどの人にも避けられないことだし
いつ起こるかもわからないけど
それだからこそ、今を充実させたいという思いのほうが
今は強くなってきています。







こちらはMさんのコラージュです。
とても美しいコラージュです。
カラフルな色のパーツはお菓子だそうです。


草間彌生さんの展覧会の話になって
生命力について
創造することについて
とても刺激を受けたそうです。
私も同じ経験をしました。
草間さんの写真は、「エッセンスに触れるWS」の
最初のページにも貼っています。


創造することを阻害された経験やトラウマを持っているひと
素晴らしいものを外に出し切れていない人は
たくさんいると思います。


それを外に出さないで溜めていくと
心身ともに病んでくるとMさんが話していました。

本当にそうで
どんなものでもいいから
アウトプットしたり、
話せたりするだけでも
気持ちは楽になります。



自分の経験からも
まず自分が癒されることから
創造は始まると思います。
そしてそれを出し続けていくこと。


草間さんは1週間に2〜3枚も
大きな正方形の絵を描いていますが
その絵が曼荼羅のように並んだ展示は
もうその人が作ったという感覚はなく
世界に共有されているものが
その人を通して下されてきているようでした。






これは、私が作ったものです。
左下の傘をさした女の子がとても可愛くて
それを見ていると、気持ちがすっきりして
ウキウキしてきます。


先週まであまりに忙しくて
スケッチブックがもうあまりないことすら気づかなくて
黄色いテープで余っている紙を貼りつけました。
ぶっつけ本番なのは、思いがけないものが貼れたりして
面白いです。


右上は心臓の模型というか、
人体の展示会のようなのが以前日本にもきたことがあったけど
それです。
オーガンジーの布で覆ったような
綺麗なものに見えるのは、血管なのかな。

下はマグダラのマリアのものと言われる頭蓋骨だそうです。
ちょっと怖いかなと思いながら貼ったのですが、
ハートとスカルはどの人にもあるものだなって気がつきました。


右端は、以前にも作ったことがあるのですが、
花粉を顕微鏡で見た写真
下は肉体労働をしているアフリカの人
生命とか生きていることを感じるコラージュ。



そういえば、11月に作ったコラージュにもスカルが貼っていました。
これも、指摘されないと気がつかなかったものです。
その時も、なんだろうなって思っていました。



こちらは、表紙の裏です。
11月にハートを貼りました。

右側は1年前に貼ったもの。
創造したいけど、恐怖で前に進めなかったころ。
どうやって踏み出していったらいいか、
どう手をつければいいのか、
これは、子供の頃の体験に根ざしていて
自分のやることに対して
温かい視線ではなく
批判や批評に傷ついていて
助けを必要としていたけど
それに対しても気がついていなかったころだ。
助けは周りにではなく
まず自分の内側に対してだった
ということが
最近になってわかってきたのです。


サーフィンの大波のトンネルの中
ドライブ力のない自分を責めていたけど
実際どうしていいか、わかるまで1年かかりました。
だから、貼ったものはいつかそうなるから
貼っているんだと信頼できるようになってきました。


期待しすぎず、でも絶望したり
落胆せずに、淡々と続けていくこと。
そうしていたら、いつかそうなるんだなって
思います。





こちらは、左は先日のWSで作ったもの。
右側のスペードは 11月に作ったもので、
スケッチブックの最後のページです。

面白かったのは、
右の方向(♠)へ向かって進んでいる写真ばかり。
スペードに向かって進んで行く。


Fさんが、スペードの意味を調べてくれて
死という意味もあるそうです。
生から死へ
当然ですが、その流れに乗っているわけですね。


人間の生は一瞬のようなものかもしれない。
でもその中に永遠を見つけたとき
それはその人だけのものじゃなくて
全体につながっているのではないのでしょうか?




この写真は11月に撮りました。
このスケッチブックのテーマが
ハートからスペードへ
α Ω
A to Z
初めから終わりまで
全部味わって、楽しんでいきたいです。



今はがんばるときですよ。


これは、前のうちから引っ越しの時に持ってきた
オールドローズです。
痛んでいて、枝が細かったので、
花がみんなうつむいてしまいました。


せっかく綺麗に咲いているので
うちの中で鑑賞しようと
短めに切って、いろんな花器に入れてみました。




こちらに移ってから、庭仕事も増えたり
部屋も前より少し広いから
掃除や家事に時間がかかるし
お弁当を作ったり
制作する時間も増えて
忙しくて忙しくて
たまにはうなだれてしまいます。



楽しいことの方が多いんだけど
キャパオーバーになる癖がでてくると
前はわけも分からず、悲しい気分になっていました(笑)



この花みたいにうなだれているとき、
思い出すことがあります。



ある人に、気持ちもいっぱいいっぱいになって
それを伝えたら、

「今はがんばるときなんですよ。」

と言われました。




その言葉がすごくしっくり心に染み込んで
なんとなくまた頑張れる気になりました。



これは、人によって、場合によって
それがしっくりくる場合と
そうでない場合がありますよね。



でも、そのときに、
私はまだまだいっぱいやりたいんだなって
確認できました。



それと、うなだれたときに
自分を励ます言葉や
楽しませること
休むこと
だんだん自分の処方箋がわかってきて
それさえやっていれば
なんとか元気で続けていられるなと思いました。



私の場合は、やることが多くて
準備が整っていないときに
そうなることが多いのです。



一気にはできないことを
自分に言い聞かせて
小さな日常の些細なことを
少しずつでもやっていくこと。



毎日コツコツと。
その日にやるべきことを片付けてしまえば
心もスッキリします。



毎日の生活の中で、元気になること
やりたいことを見つけて
できてないこと
もっていないことに
不安や不満を持たないこと。
そうしていくと
短時間でも自分のための時間を作れるようになります。
楽しく1日を過ごしてくださいね。







流れのままに


前のうちから持ってきたメイヤーレモンの花が咲きました。
引越しで弱ってしまって、カイガラムシがついていたりして
心配していたけど、元気になってくれました。


今の家には、キンカンが2本と
なんの種類か、わからない柑橘類の木があります。
その柑橘類、多分ゆずだと思うのですが、
去年はひとつも実がなりませんでした。


今年は肥料をあげたり
枯れ草をたっぷり敷き詰めていたら
花が咲いてきました。
どんな実がなるのか、楽しみです。


この時期は香りがいいですね。
柑橘類の香り、大好きです。




こちらも、持ってきたすずらんです。
葉っぱが落ちてしまうので、
どこに植えたかしらと思っていたら
小さな葉っぱと花が咲きました。
ずっと昔、「ディオリシモ」という
香水が流行ったのを思い出して
調べたら、今でも売っているんですね。



いつもブログを書くときに
何を書こうかなと思いながら
とりあえず花の写真などを載せているうちに
なんとなく書こうと思うことが浮かんできます。



ブログは2006年から始めました。
月に何回かしか更新していないのですが
以前は書くことがとても苦手だったので
書くのに時間もかかって、苦心して書いていました(笑)


書くことと、歌うこと。
私が苦手だったことです。
自分自身が一番出るような気がして、
「自分を出す」とか「表現したい」のに
ものすごく抵抗がありました。


完璧主義というか
自分の中の検閲官のような部分が
とても厳しく自分を批判するのです。



今はなにも思わず、ただ書いています。
そして書くこと自体が楽しくなってきたから。
やり続けると、変わってくるものですね。



歌うほうははヴォイストレーニングや
そのような合宿にも行ったけど
それで満足というか、
それ以上やろうとは思わないので、
これからもやらないと思います。



もの好きといえば、そうなのかもしれないけど
なんでも苦手なものさえもやってみたいのです。
そういう性分とあきらめて
やりたいことにいろいろ手を出してしまうのは
いろいろ体験しに来たからなんだと思えるようになりました。



思い通りにかたちにすることと
インスピレーションを受け取って流れにのってやること
どちらも大切です。



何年か前に、アイヌ刺繍を習っていたころ
曲がってもなんでも、流れのままに
どんどん進めてくださいと言われました。



それが、なぜだかとても気持ちよかったです。
うろ覚えなので、間違っているかもしれないけど
カムイ(神)にしたがって
刺繍をしていけばよくて
下書きをした線の通りにならなくても
曲がったら曲がったなりに
流れのようなものを優先して
と教わったような気がします。



思ったようにしたい、
「完璧に」という思いが強すぎて
直して、直して、を繰り返していくと
だんだんエネルギーが枯渇してきます。
そしてとても疲れる(笑)


なんどもなんども
そういう経験をして、やっと
ちょっとやりすぎ!もう嫌!っと
その癖を直そうと思いました。



根を詰めるというか
きちんとやるにしても
楽しめなくなるまではやらないことにしました。


もちろん、時間をかけて
綺麗に作るのは好きなんですよ。
職人気質なので。



でも、あまりにも自分が思い描いたものに執着すると
エネルギーが枯渇していくんだなって
最近わかるようになりました。


曲がったら曲がったなりに
スピードを上げて形にしていくのは
棟方志功さんを思い出しました。


そこにあるインスピレーションを受け取ることの大切さ。
まだまだですが、
流れのままに進んでいきたいですね。








適切な言葉を


小さな畑ですが、
手前はラディッシュ
奥にはルッコラの双葉が出てきました。

マーガレットは2回目に満開になったら
最初より薄い色になりました。
土によって違ってくるのかな。

奥にあるのはクリーム色のマリーゴールド
写真ではあまり色が出ていませんが、
この色、大好き!
モッコウバラの黄色も好きだけど、
クリーム色の花の色
やわらかくてやさしい気持ちになります。




ラディッシュは二十日大根と言われるように、
短期間で育ちますね。
少し赤い部分が見えてきた!
楽しみです。




こちらはルッコラの双葉。
種から植えたのは初めてです。
気温が高くなったので、すぐ発芽しました。
仕事の合間に、庭に出て植物を眺めると
気分転換になっていいですね。



なんとなく思い出したこと
「うさぎとかめ」の物語
うさぎさんはゴールが見える頃になって
寝てしまいます。



これって私みたい!
なんでこうなるんだろう?
って思う人、いますか?
私がずーっとそうでした(笑)


ひとつの見かたですが
心理的に言うと、一種の退行現象ですね。
急にやる気が失せてしまう。
やってみ意味がない。
意気消沈
どうせだめと思ってしまう。


そういう気持ちが深いところに隠れていて
現実化で、批判されたりして傷ついたりすることを
無意識に避けようとしているのかもしれません。



心の深いところ
開けたことのない押入れのようなところに
そういうものがしまいこまれていて
形にしたり、現実に出していくことは
そこに光を当てることに似ています。


トラウマになっている人は苦痛に感じます。
でも、自分に光を当てていることだから
癒されたり、新しい風が吹き込まれたり
自分の持っている創造性や才能が
生かされたりすることにつながっています。



的を外れた批評は害になることもありますが、
正確に要点をついている批評は
すごく納得がいくし
次に進んで行くヒントになるものです。



だから、言われることが
自分にとってどういうものなのか、
いつもちゃんと検証することが大事だと思います。


オーラを読むことを長年やってきて思うことは
リーディングする前に、よく話を聞くことが大切だということ。
そのかたが、なにを知りたがっているのか、
整理するのはどこなのか
話をよく伺って、
ピントがあったリーディングになると
双方にとって恩恵となるようなことが
起こることが多々あります。


私の言葉が美しいと
言われることが、多いのですが、
それは、リーディングしているときに
自分という考えが外れているというか
もっと大きな視点からの言葉だからでしょうか。



オーラという、人体から発している光は
抽象的でわかりにくいのですが、
なんとなく感じることを
なんとかそれを言葉にして話してみると
それが心に響いたり、納得したりしてくださいます。



それは、心の奥の方に閉じられていた
部屋を開けることにつながったり
お片づけのように、風通しをよくしたり
整理につながるのかもしれないです。




オーラというのは、その人そのままが出ているんです。
だから、状態によっては言いづらいことなと思うこともあります。
どう言えば、受け取ってもらえるんだろうと考えていると
なるほどなという言葉が浮かんでくるものなので
自分でも不思議です。
というか、普段の自分だったら
こんなことは言えないなということがでてくるのが面白い。


それは、ぜんぜん嫌な感じじゃなくて
一つの種のようなものに変わっていたりするんですね。



それと、断定的に、こうです、というような表現は
私はあまり好きなスタイルではないので、
なるべく、ヒントになるようなことを探したり
もう一歩進んでいけることを見つけるようにしています。



オーラは読んでいるそのときも
色がどんどん変化していきます。
心に響いた言葉や
納得したときには、
瞬間的に色が明るく澄んできます。


それも一つのサインで
閉じられていた部屋から
その人の光が輝きだした瞬間を見た時は
私も嬉しくなります。
だから、オーラリーディングが好きなんだなと思います。















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