自分と仲良くなること


今日は朝ちょっと早起きして
公園を散歩しました。
昨日雨が降ったせいか
朝陽の周りに日輪が!!!
鳥のさえずり、花の香り、木の香り、土の香り
写真を撮っている人
太極拳をする人
ランニングしている人
瞑想している人
朝は人は少ないけど
みんなそれぞれ楽しそうでした。





枝垂桜はまだこれから
半分くらい蕾があります。
楽しみ!

一昨日かわいかったハナモモは
もう盛りを過ぎていました。
これからは八重咲きの桜かな。
ツツジもさきだしました。







大きな柳の木。
大好きな木です。
若芽がきれいです。


毎日、花を見て、美しい!楽しい!幸せ!って
何回言ったかな(笑)
理由もなく、ただそこにいるだけで
うれしいこと、
それでいいんだと思います。



こういうひととき
私にとっては大事です。
リラックスしていれば
自然と湧き出るものがあって
それがその人の持っている天性の良さに
つながってきます。



良い生活
良い仕事
良い作品
良いもの


そういうものの核心には
「遊びごころ」があります。
それからゆとりとか、想いとか
伝わってくるものですね。
楽しいがんばりも含みますが。



忙しいときは
季節の移り変わりも目に入らなくなって
感覚が麻痺してしまったり
自分が楽しむことを許可しなかったり
家族やまわりの人の犠牲になっているような気になって
自分が自分でやっていることなのに
人のせい、仕事のせい、まわりのせいにして
自分に向き合うことを避けていたような気がします。


でもそれは、長期的に見たら
自分にとっても
まわりにとっても
幸せになることではないですね。
かつての自分がそうだったら
言えることですが。


自分と仲良くなる方法
個人セッションもそのひとつだと思います。


みんなどうやったらいいか、わからないことが多いから。
私もエネルギーワークを学んで
自分を癒すためにたくさんの勉強や
気になる人のセッションを受け続けたことで
時間がかかったけど
自分を取り戻すことができました。


また、人とは同じことはできないけど
自分なりのセッションのしかたを
見出すことにもなりました。



そういう経験から
やはりセッションにいらっしゃる人には
自分で自分とつながることを
教えたいなと思います。




私はあまりセッションのことなどを
書いていないので、わかりにくいかなと思って
今回はデスティネーションについて書いてみます。




デスティネーションのセッションを
数年受けているかたがいらっしゃいます。
説明には一応3回と書いていますが、
慣れるまでに3回くらい受けた方がいいといいくらいです。

数年、デスティネーションうけているかたがいらっしゃいます。
長年見ているからこそ、わかるのですが、
その人はどんどん魅力的に
自然体になっていっています。


デスティネーションは、
基本的には自分と対話する方法です。
やっていくうちに
自分なりのつながりをみなさん、見つけていきます。



そのかたは、毎回テーマを持ってきていただいて
それについて自分で見ていくようにしています。
具体的な問題や
まだ会えていない赤ちゃんとの会話や
実際に授かった時からの赤ちゃんとの会話や
生まれてきてから、育児の方法なども
赤ちゃんとつながって聞いたりしています。



また、惑星や天使や、自分の身体や臓器とか
本当にいろんなものとつながって
それから情報が出てきて
毎回毎回どんどん変化されています。



自分と仲良くすることは
自分を癒して回復すること。
どんな方法でもいいんです。
そうして自分らしさをこの世界で
どんどん出して生きていく。


そういう人がいれば
魅力的だし、刺激的ですよね。
どんどん影響をあたえるようになってくる。
そういう自然な循環がおこるような
時代が来ているように思います。






連動


今朝歩いていて興味を惹かれたもの。
木の幹に葉っぱの影が映っていて
絵のように見えていました。


実際の葉っぱと葉っぱの影が
風に揺れて連動して
ダンスを踊っているようでした。


影を見ながら、
記憶から次々と引き出されるイメージに
しばし浸っていました。


表に出したいんだけど
もうひとつもやもやしたところと
アウトプットしたものとの間に
いつもズレを感じて
それがちいさいころからずっと
気持ち悪く感じていたから
表現しないという選択をしていました。


たぶん自分と
自分のアウトプットしたものとの関係性を
この写真の葉っぱと影のように
連動させたいんだと思います。





サッカーボールの忘れもの
遊んだ時間や空間の痕跡



ゆっくりの「ゆ」
いいな。
なぜ「ゆ」を撮りたくなったのかは
わからない。


人の気配が怖かったのから
人の気配に温もりを感じるに
変化中なのかも…


デスティネーションクリスタルヒーリングのセッションでは
まず混沌としたあいまいな感覚とつながります。
次第に自分と外部の区別がなくなって
概念から自由になっていくと
場面が自由に変化して切り替わっても
執着や理解から解かれているので
どんどんこだわらないで進んでいきます。


どこまで行くんだろうと見ていても
コントロールしなくても
お互いに安心して居れば
ちょうどいいところまで行って
ちゃんと終わるから不思議です。
この連動している感覚が好きです。





アハハな出来事

以前にデスティネーションを受けられたYさんのセッションです。
この人すごくいい感性しています。
いつもなんか、いいなぁ…いいなぁ…って思うんですよね。


彼女が経験されたことは、
どの人にも多かれ少なかれ思い当たる部分があると思います。
それを言葉にして表に出していくことで、
だれかの肩の荷が少し軽くなるといいなと思いました。

だれもきっと小さなことで、傷ついていて、
でも、もうそれすら忘れていたりするんだけど、
どっかで変なプログラムになっていたりします。

そういうのに気がついて、
見ていったり、言葉にして外に出してあげると、
やっとその思いは解放されていきます。
そのときにたいした出来事じゃなかったんだなって思えるのでしょうね。



最初は私のほうで、内容をまとめて書こうと思ったのですが、
表現があまりにもいいので、そのまま掲載させていただきました。
Yさん、ありがとうございました。

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ここからはセッションの内容です。
初めに気になることや、こうなりたいことを話してもらいながら、
だんだんフォーカスする点を絞っていきました。


【こうなりたいと思うこと】
・人を心から信用できるようになりたい。
・過去のことを心を開いて受入れたい。
・ほめ言葉を素直に受けとりたい。
 (照れくささ、自分はそんなことはないと思ってしまう)

ということで、見ていきました。
以下はセッションの内容のメモです。
紫の文字はYさんの言葉です。

小1のとき、机に突っ伏していて、
起き上がってから前の男の子にフーッと息を吹きかけた。
お昼のあとで、「くさい」と言われた。

すごい恥ずかしくて、それ以来どっかでそれがひっかかっていた。

(それをもう一度見てみると)

ショック!
頭が真っ白になって、ひどーい!


(まったく違う子のドラマのように見てみると)

なんか、ほほ笑ましい。
かわいらしいなぁ…
不思議だな…、ずっと恥ずかしくて人に言えないと抱えていたけど、
そんなに重いもんじゃないんだな…
アハハッの出来事のように思えました。



胸が呼吸している。
胸にいっぱい空気が入るみたいな感じ。
自信がなくて、思いっきり息を吸ったり吐いたりができなかった。

なんだ!アハハッ…みたいな…
「あっくさかった?ごめんね」みたいな感じでいいんだ。

もっと気楽でいいんだな…
思っていたよりたいした出来事ではなかったんだな…
でも、だれかに話したかったんだな…
楽になりました。

その話は家族にもできなくて、
ずーっとだれにも言わなくて。
自分の中でだれかに聞いてもらいたいなという思いはありました。

お父さんとか…、
お母さんによく口がくさいって言われていて、
私もそこがお父さんに似たら嫌だなーと思っていて…
気軽に言えなかった。
すごいピシャリと言われそうで…
お父さんに言うのも…
だれに言っていいんだろう…

人によってはたいしたじゃないんだけど、
自分にとっては、時おり思いだす、
自信がなくなる、ちょっとひっかかる部分。

けっこうショックな出来事ほど話せない。気楽に。
そういうのがけっこう溜まっていて…
思ったより重くとらえていたのかな…
今話してみると、けっこうたいしたことじゃないんだな…

自分がショックだったり…
そういうときほど言ってなくて。
くさい云々よりも、
受けとめてもらえないという感じのほうが大きい。

だれかに受けとめてもらいたかった。
でも受けとめてもらえそうになくて、抱え込んだ。

でも、よく考えると、なんで言わなかったんだろう?

お母さんの話を聞けないというのも、
自分も本音を言って傷ついたり…

(聞いてみたらそんなにたいしたことじゃないかも)

あぁ、そうかもしれない。
お母さんのすごく傷ついた部分を聞いて、
自分も傷ついた部分を話せる機会を持てたらいいな…

受入れるって、なにかもっと軽い…
重い感じとは違うんだな…

意外にお互いの傷ついている部分は知らないのかもしれない。
そういうことが実は大事なんですよね。


水のエレメント

先日デスティネーションのセッションを受けられたFさんからご感想をいただきました。セッション中に出てきたものは、過去生のイメージとか白雪姫のイメージでしたが、それらが水によって浄化されたり、癒されたりするプロセスを経験されました。

水のイメージってどんな感じがしますか?私の水は、モネのスイレンの絵のようなイメージです。なんだかあの絵には特別な感じがあって、ハートが満たされる感じがします。だからみんなに好かれるのかなと思っているのですが…。水に浮かんでいるスイレンとか、若柳の枝が垂れ下がって水面に映ってゆらゆらゆれていたり、緑や花が映っている水のイメージが好きです。そして水辺には親しい人たちも集い、なごやかな空気に包まれている、そんなイメージが浮かんできます。

人によって感じ方がそれぞれだと思うのですが、今年は水のエレメント(火、風、水、土の四大元素のうちのひとつの要素)と親しむことは、とても大事な気がします。

水のエレメントは、”感情”を司ります。心が満たされること、みずみずしい感性など、ハートチャクラの領域に対応するものが多いです。感情を癒すことや潜在意識にアクセスすること自体も水のエレメントの領域ですね。暖め続けていたものがこの世界に生まれることや、愛、幸運、心の安らぎ、快適さ。また、『聖杯』のように、死者をも復活させるほどのミラクルが起こることなども…。


そういえば今年は星の配置も”水の大三角形”と呼ばれるものが形成されるそうですね。木星が蟹座に入ったあとの、7月中旬から下旬にかけておきるそうです。

水のエレメントを取り入れるには、いちばん手っ取り早いのは、プールで泳いだり、温泉に行ったり、直接水に触れたり、水に親しむことがいいと思います。また、きれいな湧き水を飲んだりするのもいいですよね。それから、フラワーエッセンスとか、水に波動を転写したものを摂るのもいいですね。その中でもチャリスウェルのエッセンスとか、バッチのロックウォーターとか、実際に水から作ったエッセンスは水のエレメントに近いですね。また、イルカとかクジラとかのエッセンスなども水の要素がかなり入っていると思います。

それから、”灯火を消さない水”というのも、面白いけど現実的じゃないので、逆に考えて”水を火で暖める”と考えてもいいかなと思いました。水を暖めるというと、温泉とか、お風呂とかですかね。身体も浄化されるし、ほっこりするしね。またあったかいお茶を入れるとか、そう考えると身近に取り入れられそうですね。また、友人とお茶を飲むとか、温泉旅行に行くとか、そういう楽しいひとときや集まりもいいですね。

さて、ここからはご感想になります。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
先日は、クリスタルのセッションありがとうございました。


井戸のビジョンから始まり白雪姫と王子様と小人たちが出てきたのですが、わたしはプリンセスの中で白雪姫だけ嫌いでした。
なんで白雪姫なんだろう、イヤだな…
と思い、なんとかビジョンを追い出し押しやろうと試みたのですが消えてくれませんでした(笑)
お陰で白雪姫が嫌いな理由わかりました。
受け身なところが嫌いだったのですが、自分のイヤなところだったんだなぁって^ロ^;


ディズニーアニメーションの白雪姫を改めて観てみたら、ヒントがいっぱいありました!!!セッションと共通するものが複数出てくることに気付きました。

リンゴ、白い花、鳥、動物、悪い魔女、音楽…etc。

ずっと自分にとっての意味が分からなかったのですが、なんとなく感じ取ったことがあります。


リンゴと白い花は何の象徴なのかな??
セッションの時は星屑の髪飾りを宝物にしている人魚の側にスズランが咲いていて彼女はリンゴが好き。宇宙のゾウは白い花が好き。ネイティブアメリカンの時は白い花が咲くと皆嬉しい。虹の橋を渡った新しい世界にも白い花が咲く。なんとなく、祈りが通じるとか願いが叶うイメージなのかなって思いました。


鳥はいつでも伝達者。
白雪姫が井戸で水汲みしながら歌っている時に王子様と出逢い、白雪姫の言葉にならない想いを鳥が王子様に伝えていました。セッション中も鳥がお便りを届けていました。鳥や動物はいつでも味方。案内してくれたり教えてくれる存在。


悪い魔女は、敵かなぁ??でもそれは心の中のダークな部分かもしれないし…まだ分かりません。


音楽は皆と繋がれるもの。
届くものという感じがします。皆で幸せになれるもの。祈り。鼓動。白雪姫と王子様、白雪姫と小人たちも音楽で距離が縮まっていました♪


あとは、小人たちは宝石を採掘するお仕事を毎日しているけれど、水が苦手なのか手も顔も洗わずにいて、白雪姫に促されご飯食べたさに勇気を出して洗いました(笑)お掃除も苦手で片付けが苦手な自分、水の気が怖かった自分と重なりました。小人たちもいざやってみたら気持ち良く、おこりんぼも段々と気持ちが解れてやわらかくなりました。


わたしは2010年に初めて運命の輪WSに参加してビジョンマップを作りましたが、その時からずっと水がテーマにありました。一体何年越しなんだ!?という感じなのですが^ロ^;  セッションでみた渇いた地域にもじわじわ綺麗な水が染み込んできているビジョン、あれ?わたしのことかも!?と後から思いました(笑)


先月中頃に行ったライヴでずっと聴きたかった曲を聴くことが出来ました。“RAIN”という曲です。その時は水を意識していたわけではないけれど後になって、あぁ…と思いました。


心が泣いている曲なのですが
〜今まで全て〜
というワンワードで全てが解き放たれたような感覚になり涙が流れました。スゴく感情が高ぶり幸福感に包まれました。


それと、先日のセッションの帰りにも雨が降りました。知らなかったので傘がなく少し濡れましたが、クスッと笑ってしまいました。あぁ、ペガサスが蹴って出来た宇宙にある泉?湖?の綺麗な水が混ざってるといいなぁってヽ(´▽`)/


それと、過去生のビジョンでネイティブアメリカンの時のことなのですが、今まではパートナーが狩りから帰ってこなかった…という結果だけに捉われて悲観的になっていたけれど、それまでは家族で仲良く幸せに暮らしていたことを思い出せたことは、本当によかったですヽ(´▽`)/
涙と一緒に辛くて悲しい記憶は大分流れていった感じがします。


もうひとつ、巫女をしていた時、キツネに裏切られたことに恐怖と失望を感じていただけでしたが、もしかして裏切ったのは、約束を守れなかったのは、わたしの方なのではないかな?と思い始めました。今は、あの時のキツネに謝りたいのと、ありがとうとお礼を伝えたいです☆

あと、巫女をしていた時のパートナーのキツネなのですが、白いキツネだったことを思い出しました。いまは使役というよりパートナーという感覚のようです。どうやら本殿は稲荷社ではなく赤と緑を使った明るい感じの大きなお社。本殿を中央に見て、向かって右奥に秘かに稲荷をお祀りしていたようです。


以前、名古屋辺りの神社と言われましたが、寒い地域でもないのに何故か白いキツネのようです。キツネ(稲荷)は絶対にイヤ、2度と関わり合いたくないと思っていたのに、今は大分やわらぎました。これもかなり大きなことです!!!とても心が軽くなりました。本当によかった〜(*´∇`)


そして、ネイティブアメリカンの時と同じように、それまでは仲良くパートナーとして楽しく過ごしていたのではないかと思いました。


結果ばかりではなく、それまでの過程を思い出せたことは本当に大きなことです。これはいつでも何に対しても同じように大切なことだと気付かせてもらえました!!!こういうのも水の感じなのですね☆日々にも活かしたいと思います。


あとは、綺麗な水をどうしたら色んな人にあげることが出来るのか??
言葉とか音楽とか石とか…綺麗な水って、どんなものかな??
まず自分を綺麗な水で満たしたい。
どうしたら綺麗な水が入ってきてくれるかな??
灯火を消さない水はないかな??
呼び水をみつけたいな。
そんなことを模索するのも楽しめそうです♪


セッション中に色々問いかけをしてくださって、上手に誘導して頂けたお陰で、色々と気付くことが出来ました。
どうもありがとうございます゜+。(*′∇`)。+゜


あっ、王子様は白雪姫みたいには待ったりしないで自分で探します!!!待っていても来ない気がするし、待ってばかりではつまらないこと、よ〜くわかりましたから(笑)

表現すること

デスティネーション・クリスタルヒーリングのご感想です。

表現することが自分の目的だということに気がつかれたIさん。
表現したいと思うのは、
そこに分かちあう人や場所があるからなんですよね。
表現されるものとは、同時に
この世界にその人を通して現れたいものなのかな…
その人が媒体となって降りてくるようなものなのでしょう。

いろんな形で、いろんな表現があって、
それぞれがその人らしさなんだと思います。
それぞれらしさがこの世界に表現されているのでしょうね。
無意識か意識的かの違いはあっても。

それは、作品とかそういうものだけじゃなく、
ただ生活しているなかにとか、
そこに現れてくるその人のエッセンスのようなものかもしれないです。
たとえば、庭に咲いている一輪の花だって、
表現という視点から見れば、
いろんなことを語ってくれるでしょう。

どのひとも何かしらの表現をしているけど、
自分はどういう表現をしているのかということに、
意識的になって、日々を過ごしてみてください。
そこにいろいろな発見があると思います。

ここからはご感想です。
去年いただいたものなのですが、掲載が遅くなってすみません。


*********
前回と今回のセッションは、
今年の総括のようなすごい(笑)セッションでした。
今表現したくてしょうがなくて
(表現することが自分にとって大きなテーマなので)、
いてもたってもいられなくなって(笑)感想をメールします。

昨日のセッションが終わってから、ふと、
「私の目的(デスティネーション)は、
『自分のポリシーを表現する』ことかもしれないな」と思いました。
人の価値観ではなく、自分が美しいと思うもの、いいと思うものを
自分を通して表現したい。
流行に左右されない、私の中の一貫した価値基準。

私にとって『表現する』ということは、
『人と分かち合う』ということも含まれています。
でも、表現すると人目につくから、
それを良く思わない人から攻撃もされやすい。

過去生ではそれでつらい思いもたくさんしてきたし、
時代と合っていなかった(不自由を感じた)時もあったけれど、
それでも自分のポリシーを変えようとはしなかったんだな、
と思いました。

表現しないで自分を抑えるより、表現することを選んでいる。
表現しなかったら自分じゃない。
こびたり我慢したりしない。多分できない。
何度も途中で挫折しては同じテーマで再度またチャレンジしている。

ただ、今生は、
自分が表現したことがみんなの役に立てたらいいな、と思っています。
自分の美点や鍛錬して身につけた能力をみんな還元したいです。
自分のためだけだったら、きっと満足度も少ないと思うから・・・

それから、今日は昨日より、見栄やプライドや甘えなど、
男性の弱さにも寛容になれた気がします(笑)。
以前は毛嫌いしてしまって、
流したり包んだりすることができませんでした。

でも今は、「人はみんな不完全なんだし、
私も不完全だし、弱くてもしょうがないか」、と思います。
ただし、どうしても納得できない、絶対譲れない部分は
No、と言ってしまいそうですが(!)
でもそれを表現してしまうのが自分のアイデンティティなのかな・・・
上司とぶつかったのも、男性不信のトラウマと関係していたのかもしれませんね。色々とリンクしていて不思議ですね。

私が昨日観た男性不信に関する過去生で、
戦時中のヨーロッパで男性から暴力を受けたのも
(それも自分が表現しようとしたから故なのかもしれませんが)、
自分のポリシーを持てず、
時代の狂気に流されてしまった男性の弱さなのかもしれません。
(心の)弱い者がさらに(腕力の)弱い者をたたく、っていう感じだったのかな・・・

本当に今、すっきりとした気持ちでいます。
今までは過去生のトラウマをすべて解放しないと
次に進めないと思っていましたが、
次に進んでいくうちに
手放すことができるようになるトラウマもあるのかな、
と思っています。完璧主義だったのかな・・・

トラウマはすべて癒された訳じゃないけれど、
来年は新しい自分を始めたいし、始められそうな気がしています。

『新しい私』=『本来の私』
『ポリシー』=『アイデンティティ』=『かっこよさ』

自分のポリシーを表現したい。
私が守り通してきたポリシー。
自分の芯が一本通った気がします。

セッション中に、表現したい自分自身の美しさについて、
藤井さんから「それはどんな質のものですか?」と問いかけがあって、
その時は良く分からなくて答えられなかったのですが、
今ふと思いついたのは、「みんなの役に立つ」、
「自我を超えて生きる」ということです。
そういう生き方をしている方に美しさを感じるのだな、と思いました。

来年はこのテーマに取り組んでいきたいです。
でも、今の私にはあまりにも壮大なテーマなので、
しばらく格闘することになりそうですが・・・

最後に、どんな時も寄り添ってくださる、
藤井さんの優しさに感謝します。
今年一年、本当にありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いします。





影を統合する

先日デスティネーションを受けられたかたが、
自分の中の影の部分をちゃんと見つめることができて、
あいまいだったものが言葉になって理解されると、
おだやかな落ちついた気持ちになったとおっしゃっていました。

影の部分を見るためには光を当てるのですが、
そうするとそこは影じゃなくなるわけです。
でも当てる光はそんなに強いものじゃなくてもよくて、
空けていなかったクローゼットの中を、
小さな懐中電灯で照らして見るような明るさでいいんだと思います。

その人はまた、あまりにも前向きで理想的なことを考えたり、
そういう自分にならなくてはいけないと思っていると、
逆にそうできない自分を責めてしまって、
落ち込んでしまうと話していましたが、
でもこれは、どの人もそう感じたことがあるのではないでしょうか?

本日は先ほどとは別のかたなのですが、
以前にデスティネーションを受けられた人のレポートを掲載します。
セッションを受けられたのが1月で、レポートをいただいたのは6月。
それで、今日アップしたのですが、私も彼女と同じように
それを受けとめるのに時間がかかったということなのでしょう。
セラピストもまた個人のセッションに立ち会うことで、
共通する思いが動いていきます。
私もあらためてレポートを読んでみるたびに、
受け取る内容や深さが違ってきています。

最初のセッションでは自分の影のコアな部分に触れて、
2回目では、その中で心から望む選択をして、心の闇を解放し、
3回目では、自分の光を外側に広げていく流れになっています。

このレポートを読むことで、心の影の部分に取り組んで、
内側と外側から変容していくプロセスとは、
どのように起こっていくのかが、理解しやすくなると思います。

多くの変容の道は、影との取り組みを避けては通れません。
そのときに自分の感情に素直に正直になること、
それが取り組むときに一番必要なことだと思います。

ここからは、体験談です。
*****************************

デスティネーションヒーリングのセッションを受けたのは1月のこと。

3度のセッションで観たもの、感じたこと…振り返る度にその深さや内容が違っていくこと、得たものを実りとしてちゃんと形に出来ていないというジレンマとで、なかなか言葉にして表せずにいましたが、途上でも構わない、今の有りのままで綴ってみようと思い立ちました。


セッションを通して自分がどうなりたいか…
・脱皮して身軽になりたい
・自由に、何も考えず、思うがままに羽ばたきたい
・いつも自分の身体の中にいて、その安らぎと喜びを感じていたい
・人と関わってつながって、表現し合い分かち合っていきたい

この内容は濃薄はあるにしろ、いつも一貫していました。

私の場合は、3度とも過去世を辿るイメージが次々と出てきたのですが、初めは自分の観て感じていることに疑問や不信がわいたりして、切れ切れに場面が飛んだりもしましたが、それも知らず知らずのうちに焦点が定まっていくようになりました。

1回目のセッションでは、親や夫に従属させられ虐待されたり、信頼していた人に裏切られ孤立させられた挙げ句に殺されたり、最後には伝染病にかかって痩せ細ってしまった父親の首を絞め、その後自らも首を括って生命を絶つというようないくつかの人生を観せられました。

最後の出来事は今で言う安楽死のようなことだったのですが、その時の私は‘誰が忘れようと私はこの罪をずっと背負い、絶対にそれを捨てて幸せにはならない’と心に誓って死んでいきました。

セッションの終りに‘この出来事を過去のこととして手放せますか?’と質問されたのですが、まだ私にはその資格がない、身を削って背負っていかなければいけないという思いがわいてしまい、‘はい’と言えませんでした。
実際、その時は肩と肩甲骨から背中が重くてこわばって辛い状態でした。

今生、いつもいつも私の根底にあって打ち消すことのできなかった『罪悪感』…その起源を観せられた思いがしました。



2回目は一人の男性の生涯でした。
その日は特に『根っこを換えたい』『人との関わりの中で信頼や安心感を感じたい』という思いと、身体的には上半身のこわばり、特に左腕の付け根や肩が抜けて外れてしまったような違和感を感じつつセッションが始まりました。

その男性は兄弟の中で一人だけ親から辛く当たられ、口減らしのために置き去りにされ、心の扉を閉ざし誰にも心を許すことなくさすらっていましたが、一人の女性の笑顔に出会い、初めて自分の内にある溢れるような感情に気付くのですが、その女性が病に臥せったことで村の人から疫病神扱いをされ、手首を縛られて崖から吊るされてしまいます。

身体の重みで肩が外れてしまうのですが、死を目前にして、自分の悲惨な人生への呪いとすべての人に対する怨み憎しみ、一方でただ一瞬自分に向けられたその女性の笑顔とその時に感じた無上の喜び、その二つの思いが込み上げてきて、余りに惨めな人生だったそのままで終わらせる悔しさと悲しさから、怨みと憎しみを手放す決意をし、自分の心の扉を開いてくれた女性との出会い、その喜びと幸福、その一点に自分の人生の意味と価値を見つけ微笑みながら昇天していきました。

実際その選択をする過程では、私自身本当に胸が詰まるほど苦しくなってしまい、歯を食い縛り身悶えするような気持ちに襲われました。

今生において私も同じように手放せるのだろうか。
ここ数年間、ずっと私はそのことに取り組んできたと思います。これは私の命題でもありますが、この男性がもうすでに他の誰でもない己自身のために、ちゃんと選択し乗り越えてみせてくれたのだから、私もいつか必ず、ここを乗り越えていくことが出来るんだと思わされています。



3回目はまた違う、一人の男性の生涯を観ることになりました。
ある日突然、天災によって家と家族が奪われた男性が生き残った家族を探すために放浪し、やっと出会った身を病んでしまった姉のために、自分の家庭を犠牲にして尽くすのですが、その姉が世を去って初めて、あぁこれで自分の役割は果たしたと、ある意味清々しい気持ちで自分の人生を歩む決意をします。

その後は多くの人達、血の繋がった家族ではないけれど家族のような人達の笑顔と温かい想いに囲まれて、気ままに朗らかに楽しい日々を過ごし静かに息をひきとります。

名も財も何も残したわけでも無いけどいい人生だったなぁ、俺みたいなのが一番幸せなんだと言いながら。。



セッションの後、
形に囚われない生き方。独りで思うままにするのが自由ではなくて、人との関係性の中で互いを信頼し受け止め合い支え合っていくのが本当の自由。その繋がりを楽しむために生き、そのことを通してやっと解放されていくんですね。。そんなメッセージを美弥さんからいただきました。

このデスティネーションヒーリングの後は本当に様々な変化が私に起きていて、今まさに渦中!?真っ只中で思い迷い模索しています。

過去世を通して見た今の私の姿…家族、周囲の人との関わり方、思い癖だったり身体の状態や変化。。今までとは違った視点を与えてもらうことができて、本当に感謝しています。


長々となりました。
今は何より、自分に正直に生きていきたいと思いつつ日々を過ごしています。

魂の目的地

どの人の内側にも
その人のもともと持っている輝きとか、
本質とかエッセンスがあって、
それは美点とか才能と言われるものかもしれないですが、
それを輝かせるためにこの世に生まれてきたんだなと、
最近よく思います。

もともと持っている原点のようなもの、
それを覆っていたものを、少しずつきれいにしていくと、
そこから現れてくるものがあります。
それを発見することの感動を、
一緒に喜び分かちあえることはとても楽しいです。


もともとの自分…
それに気がついたら、もう余計なものはいらなくなるし、
まわりの人や状況があまり気にならなくなります。
人に認められたいとか、周りのためにとかよりも、
自分の中からやりたいものに突き動かされていくような感覚です。
人によってはそれは激しい変革になる場合もあるし、
おだやかな、ささいな変化の人もいるでしょう。


デスティネーション・クリスタル・ヒーリングは、
魂の目的地を知り、
実現したい未来に向けて一歩踏み出すためのセッション。

私はなぜ魂の目的ではなく、目的地としたのかというと、
それは、この地球の磁場の中でという意味からなのです。

魂の目的地とは、自分のエッセンスが開花する場所。
それを育てて育む土壌のようなものなのかもしれません。
自分に合う土壌だと、望み通りの花を咲かせることができます。

この目的地のイメージですが、
定期的にセッションを受けてくださっているIさんの
レポートが参考になると思いましたので、
了解を得て掲載させていただきました。

それではここからIさんのご感想です。

**********

こんにちは。先日はありがとうございました。
明日から一週間ほど旅行に行くので、
家事をしながら準備をしております。
1番チャクラが元気になってきたせいか、
今までおっくうに感じていた事にも精が出ます(笑)

この間のセッションはとても印象的で、
大きな変化を迎えたなと感じました。
セッション後もこの変化が続くように
藤井さんが設定してくださったので、
百会のツボは今もじんじんしていて、
開いてきたのかな?とても気持ちがいいです。

7番チャクラが他の全てのチャクラを癒してくれている感じです。
1番からは温かい気のようなものを時々感じますし、
こうしてメールしている間も、
5番が自分を表現したくてじんじんしています。

クラウンチャクラ、初めて聞いた言葉だけど、とても心に残りました。
今まで金色が自分には似合わないと思っていたし、
興味も無かったけれど、今すごく惹かれます。
金色が大好きになりました。
私はどんなクラウンを頭に載せているんだろう???
私の周りをピンクと金色で包んでみんなを魅了したいです(笑)

気持ちの面でも大きな変化がありました。
今まではささいな一言で怒ったり落ち込んだりしていましたが、
始めはそういう気持ちになっても、しばらくしてふっと心が温かくなり、
「どんな経験も自分の学びになるんだな」と
腑に落ちた瞬間がありました。
ヒーリングのセッションを受けるうちに
自分の目的地がだんだん分かってきて、
心の奥底では安心して、これも目的地に行くためのプロセスなのかも、
と思えるようになりました。

過去のネガティブな感情も、もうどうでも良くなりました。
過去のトラウマも気にならなくなりました。
執着しているより、手放したことで得た解放感や自由の方が
気持ちがいいということが解りました。

それから、
自分にとって本当に必要なものだけあればいいと思うようになりました。
あきらめるのとは違うけれど、
目的地に関係ないものはまめにケアできないし、
面倒くさいからもういらない、という感じです。

また、今まで別れるのが本当に怖かったけれど、周波数が一緒なら
お互いに共鳴して引かれ合うから大丈夫かも、と思うようになりました。
そういう意味でも、自分を知り表現するというのは大切な事なんですね。

藤井さんのブログ、拝見しました。
「感情を伴わずに単調で平坦な話し方をする人」、
「他人がどう感じるかを気にして振り回される人」・・・
正に私の事ですね(笑)
言葉に抑揚がなかったり、
人にどう思われているか気になったりするのは、
1〜3番のエネルギーが安定してなかったからなんですね。
とても納得しました。

でもこの間のセッションで、ベースはしっかりしてきた、後は3番だけ、
というメッセージをもらったので、これからどのように変化するのか
とても楽しみです。
本当にありがとうございました。





身体に溜まっている「思い」

Iさんより、デスティネーション・クリスタル・ヒーリングの
ご感想をいただきました。
このセッションは、受ける人主体で進んでいくので、
どういう形で気づきや解放が起こるのか、
わたしも予想できないところが面白いです。
そして、私自身もクライアントのかたの言葉に気づきを得たり、
共感することが多いセッションです。

このところ Iさんは定期的にこのセッションを受けられています。
最近は、自分の体と対話しながらそこに溜まっているものを
解放していくことが多いです。

身体の中のエネルギーがブロックしている部分にフォーカスしていくと、
過去に溜め込んでいたさまざまな「思い」が出てくることがあります。
その思いには感情が伴っています。
感情は身体の内側から起こってくるエネルギーの動きです。

肯定的な感情は、
身体のなかでエネルギーが循環するので身体には溜まりません。
たとえば喜びで踊りだしたくなるときなんか、
内側からエネルギーが動いているからです。

反対に否定的な感情の場合、エネルギーは滞ってしまいます。
それが身体の凝りとかこわばりとかになっていきます。
そして心も閉じてしまいます。

それらの溜まっている感情を解放するには、
その感情と一体になって感じてあげることが大切です。
そうしていると自然にイメージが出てきます。
それは、幼少時のことだったり、
過去生のことだったりするかもしれません。
過去に傷ついたときの「思い」がそこに溜め込まれているのです。

それに気づいてあげるだけで、
そこにあった感情が動きだして、自然に解放へ導かれていきます。

このような作業は「すすはらい」のようなものですね。
「素」の自分はどの人も美しいです。
それに気がついたときに、
自分の美しさやよいところが自分のものになるのでしょうね。

自分の中の「素」の部分を出してあげることは、
自分の中の神様を外に現すことだなと思います。

それでは、ここからがご感想です。
****************


こんばんは、昨日はどうもありがとうございました。
昨日は「表現」がテーマだったからか、
どんどん気持ちがあふれ出てきて、
次回まで待つことができないので(笑)、感想をメールさせて頂きます。

私はセッションでポジティブなイメージを集中的に観る場合と、
反対にディープなものを徹底的に観る場合とがあるように思うのですが、
昨日のセッションでは、
自分の闇の部分にとことん向き合ったような気がします。
ディープなイメージを観た日、疲れてすぐ寝てしまうのですが、
翌日すごくすっきりして、今すがすがしい解放感を味わっています(笑)

私は「思い」を体に溜め込みやすいのだな、
ということに気がつきました。
おしりに溜まっている、くやしさの中に入ってみたら、
生贄にされたり、縛られて動けなかったり、などの
イメージがずるずると出てきて、
それに前にはねたまれて殺されたりのイメージを何回も観ていたので、
過去生では人生をまっとうすることが
なかなかできなかったんだなあ、納得しました。
でも、泥に咲く睡蓮の花の上にあぐらをかいて座り、
時々金色に光る自分のイメージを見ることができて、
とても癒されたし、またそんな自分を誇りにも思うことができました。

それから、藤井さんと一緒に体に溜まった「思い」を
ひとつひとつ解放していくうちに、
私の体って本当は素晴らしいんじゃないかな、
と思えるようになってきました。
すすはらいをしたら、
自分の体のチャームポイントがだんだん見えてきたような気がします。
私が「思い」を溜め込んでも、
文句ひとつ言わずに受け止めてくれていたんですね・・・
それなのに好きになれなくて、
自分の体に今までごめんねって言いたいです。

どんどん生まれ変わっていく(素に戻って行く?)自分が
嬉しくて仕方がありません。
いつも私の変化に立ち会って下さってありがとうございます。
また次にお会いできる日を楽しみにしています。

一緒に

デスティネーション・クリスタル・ヒーリングのセッションのレポート。
なるほどな〜と、とても納得させられることが多かったので、
了承を得てみなさんにシェアしますね。

まず最初に気になっていることなどを話していただき、
テーマを絞っていきます。


〈気になること〉
人とつきあうときに、
つい相手に合わせてしまって、
自分を思うように出せなかったり、
相手に振り回されたような気分になる。

相手の望んでいることがわかったら、
それをやらせてあげなきゃと思ってしまう。

気がつくと行動の基準が相手になってしまっている。
がんばって相手の望むように行動したのに、
向こうが思ったほどの反応をしてくれなかったとき、
気持ちが爆発しそうになったりすることがある。

否定されたくない
傷つきたくない
嫌われたくない
という思いが奥にあるから
自分を開いくことにも時間がかかってしまう。

自分のやりたいことに相手がつきあってくれていると、
相手に悪いような気がする。

〈こうなりたい〉
・自分を出せる状態で男性とつきあいたい。
 相手がどうしたいかに自分がどうしたいかを入れて、いいバランスで。
・自分を開くことについて、何かきっかけになることを見ていく。


このテーマで自分のなかに深く入っていき、
出てきたイメージを話していただきました。
ここからは彼女の体験したことのメモです。


*********************

暗いんだけど奥行きのある
宇宙空間のようなところにいます。
オーロラのような、いろんな色の光の線が、
シューッと現れては消えていく、
鈴のような音もするような、
そこにいるとちょっとワクワクする空間です。

(しばらくその世界を楽しんで、そこからまた別の空間へ)

そこは特に高揚する感じもなく、とてもニュートラルな感じ。
何も感じていないわけじゃないけど、
何も浮かんでこなくて、何もない感じ。

(その、「無い」感じを味わってもらいました。
「無」というか、「空」という感じだそうです。
色即是空の世界のような感じがしました。)

(そこで浮かんできたこと)

自分が相手のためと思ってやったことは、
嫌と思ってやっていることじゃなくて、
自分もやりたいと思っているから。
100% 相手のためでは無く、自分もやりたいと思っている。

相手もそう。
相手も本当に嫌だったらやらないし、
ある程度いいと思っているからやっている。
だから「相手に悪いな…」と思わなくてもいい。

やってあげているって思いがちだけど、
自分もやっていることが楽しいなと…
肩の力を抜いて、
一緒にやって楽しいなと思えると、
自分も相手も楽しい。

「一緒にいること」に意識を向けてみる。
人はどうしても自分のほうに意識を向けやすい。


一緒にしたい
一緒にいる
それが開くこと


「やってあげなきゃ」のゴールは、「相手が体験すること」。
そうなってくると、自分は「やってもやらなくてもよい」になる。
そうなると「自分は楽しむ」にならない。

開いていないときは、
「自分が楽しい」と、
「相手は自分に合わせていて楽しくない」と思ってしまう。
だから相手に悪いと思ってしまう。

(ここで彼女が気がついたこと)

意外に独りが好きじゃないんだな…
自分は人と一緒にいたいと思うタイプなんだ…
男女問わず人と関わりたいんだな…


(今度はさっきのオーロラのような光の場所に移って)

こっちはやっぱり楽しいというか…
色があるので見てて飽きない感じです。

感覚的にはスペースマウンテンのなかにいるみたいな…
どこに行くのかわからない
予測できない
だから楽しい!
次、何が起こるかわからない

自分の知らない世界を教えてくれる、
そういう人がいいのかな…って、
ちょっと思いました。

(一緒にワクワクしたい?)

そうですね。

(メリーゴーランドよりスペースマウンテン?)

そうですね。
変化が欲しいというか…。

予想を超えることは、落ち込むよりワクワクすること
予期せぬこと=アドレナリンが出る
そういう感覚が好きなのかもしれない。
そういうことに気がつけたってことは、
いいなって思いますね。

******************

シェアしていただいて、ありがとうございました!


記憶

どうしても感情的になってしまい、
こうなりたいと頭で思っていることとは違う反応をしてしまう…
それを押さえきれなくて、
その気持ちが苦しいのでまわりの人に当たってしまったり、
そうなってしまった自分を責めてしまう…

必要以上に人に気をつかったり、
ちょっとした相手の反応に振り回されて疲れる…
もっとどっしりと落ちついていられたらなぁ…

そういう経験をしたことはだれにもあるのではないでしょうか?
私もたまになんでだろうなぁ…と思うことがあります。

そういう場合、もしかしたら、
今まで生きてきた記憶の中に原因がないものもたまにはあります。
そういうなんだかわからないひっかかりのようなものが、
前世の記憶だったりすることもあります。

このデスティネーション・クリスタル・ヒーリングの第1回目では、
多くの人が過去生のトラウマを解放するところから始まります。
まずは壁になっているものがなくなると、
もっとすんなり人生がうまく進んでいくようになります。


先日セッションを受けられたTさんからのご感想です。

-----------------------------------------------------------------------
昨日はありがとうございました。
早速ですが、思い出した事があるのでご報告します。

昨日のセッションで、前世の記憶で戦争の捕虜になり、
残酷な事をされて殺されたシーンが出て来ましたが、
子供の頃(多分3歳位)、誰かに捕まって残酷な事をされているシーンが
毎日寝る前に頭に浮かんできていて、
大人になってからずっと不思議に思っていたのです。
何故なら、両親はテレビで残酷なシーンがあると
すぐに変えるタイプだったし、
誰かに教えられる環境になかったからです。
もしかしたら、
前世の記憶を思い出していたのかも知れないのかなと思いました。

人から嫌われてはいけないと、
必要以上に対人関係でビクビクしていたのも、
その時の記憶の名残かも知れません。
生かされるも殺されるのも敵軍の感情次第ですもんね。

普段仕事をしていても、誰かに攻撃されるのではないかと、
常にソワソワ・ビクビクして落ち着きがなかったのも
(ずっとADHDだと思っていた)、
これから起きる恐怖と常に隣り合わせだった記憶の再生でしょう。

全てが繋がり、腑に落ちた感じがしました。

「今の時代は、悪口や嫌味を言われることがあっても、
殺されることもないし、なんて幸せなんだろう」と思いながら、
落ち着いて仕事が出来ました。
こんなに落ち着いて仕事が出来たのは、初めてかも知れません。

あと2回のセッションで、どんな変化があるか楽しみです。
本当にありがとうございました。


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