好きなものは変わらない

先にインフォメーションです。
5月26日(土)「エッセンスに触れるワークショプ」
あと1名、参加可能です。
ワークショップの後に懇親会も開く予定です。
ご興味ありましたら、こちらからお申し込みください。
懇親会ご希望の方は、その旨お伝えください。
詳細をご連絡いたします。


*****


この本は、ずいぶん前に買っていたのですが、
読んでいませんでした。
引っ越しのときに、かなりの本を処分したのですが、
この本は持ってきました。

先日何気なく、手にとってみました。
まだ全部読んではいないのですが、
連休中に読んでみようと思います。

作者のイアン・スチュアートは数学者です。
この本には難しい数式はありません。
自然界の数学的な規則正しさと
無限の多様性
この二つが混じりあう世界
いたるところに存在している
一様なものと多様なもの
その背後にあるメカニズム
その秩序を探り当てるための
道具が数学だそうです。

*****
この本の紹介文
降りしきる雪の結晶を顕微鏡でみると、
みな同じように見えて、
それでいてどれとして同じものはない。

正六角形のようにも見えるが、
よく見ると木の枝のように複雑だ。

単純な規則に支配されているように見えながらも、
無限の多様性と複雑さを秘めた
雪の結晶の美しさは、
どうして生まれるのだろうか?



こちらは以前作ったコラージュです。
刺繍と雪の結晶。
ここに何の共通点があるのでしょう?

私はこれでやっていく。
このアーティストの方の言葉に惹かれたのでした。
刺繍というジャンルはあっても、
決まりきった型にはまらずに
独自の道を切り拓いている姿勢に惹かれたのでした。
ここにも同じような世界観があるように思いました。


そういえば以前に「雪の結晶」というブログを書いていましたっけ。

ブログより、
こちらは、「和楽」からの引用です。
茨城県の古賀という街に、
「雪の殿様」と呼ばれる人物がいたそうです。
古河藩第4代藩主、土井利位(どいよしつら)が、
雪の殿様とよばれていたそうです。

享保、天保、寛政と三代改革の時代に、
幕府政治に尽力する傍ら、
好学多趣味の人物として知られています。

その利位が夢中になったのが、雪の結晶。
183種の結晶を書き残した、観察方法が
『雪華図説』に記されています。

「雪の降りそうな天候となったとき、
あらかじめ黒色の漆器を空気中にさらして冷却し、
雪の片をうけて観察する。
吐息のかからぬように注意し、
雪片をピンセットでつまみ、
手の温度が伝わらないよう気をつける。
鏡で光をあてればさらに美しく燦然と輝く」(『雪華図説』)

利位の功績は、結晶を観察しただけではなく、
それを書き留め、残したことにあります。
半紙を墨をつけた細筆を傍らに置き、
レンズを覗いては、筆を走らせ、
20年間、作業を繰り返し、誕生したのが、
結晶ひとつひとつが意匠のようにならび、
まるでデザイン見本帖のような『雪華図説』だったのです。




私はなぜ雪の結晶に惹かれるのか
何回も出てくるこのパターンは
私に何を伝えようとしているのだろうか?

時間が経つにつれて、
少しずつ解明されてきつつあります。


一歩一歩


次回の「エッセンスに触れるワークショップ」は、5月26日(土)に開催いたします。
残席1名です。
詳細は、こちらをご覧ください。

*****
この写真は、去年のワークショップに参加していだたいたかたのを
お借りしています。
なんとなく今日のテーマにぴったりな写真だなと思いました。


よくセッションに通っていただいていて
毎回コラージュを作ってきて見せてくださる方がいらっしゃいます。
そうしていただくと、
私も前回から今回までの
心の変化や方向性やテーマを共有できます。


長年いらっしゃっていただいている方々の中には、
それぞれ、セッションを自分に合うようなスタイルで
受けられている人もいて、
私も型にはまらない方が好きなタイプなので、
それも面白いなと思います。
ある程度でしたら、いろいろ対応もできますので、
もしそういうのがあれば、とりあえずお伝えください。
自由に自分のスタイルで、
必要なときにいらしてくださる方が多いです。



話は戻りますが、先ほどの方が、
今回貼られていたのは、
元アイドルだった人で今とても人気がある人や、
昔から続いているアイドルグループの一人で
病気になってしばらく休んで再開された人などが
多かったように、私には感じられました。


そのことを伝えると、
気がつかなかったみたいで、
そういう違う見方にハッとすることは
コラージュだと、たまにあってそれが面白いです。



人生は山あり谷ありとよく言われますが
バイオリズムと同じで、
上がったり下がったりすることは
どの人にもあるのではないでしょうか。
特に有名な方や芸能人、スポーツ選手などは、
大変だなと思ったりもします。


山の頂上から降りていくとき
再び山を登り始めたけど
霧や雲に覆われて、ゴールが見えない状態のときは
辛いと感じるのではないでしょうか。


そういう時も、やはりたゆまず
一歩一歩進んでいくしかないし
その地道なプロセスの中に、
たまに霧が晴れたり、
野の花が咲いているのを
楽しめる自分でありたいなと思いました。


また、今はずーっとキャリアを続けられたり
同じ会社に居続ける方が難しい時代となってきました。
女性など出産を機に、セカンドキャリアを選ぶ人も
多いかと思います。


かつてからやりたかったことなど
今の時代は、やり方によっては、
かなり短期間に実現できたりすることも可能ですから、
そういう意味で、自分が何をやっていきたいか
アバウトでもいいから、いつも考えておくのもいいですね。



寿命も長くなってきたし、
これからも更に長くなりそうだし、
セカンド、サードと、どんどん変化の波は起こってきて
それに自分を適応させていくのか、
自分の活用法を探していかなければならない時代ですね。
それを大変と思うよりは、
楽しむ方法や、心の持ち方を
育てていけるといいなと思います。


柔軟に、自分の枠をどんどん広げながら、
でも一歩一歩進んでいくのは自分だから、
夢見ているだけでなく、
形にするためにどんどん進んでみてください。











未来からのメッセージ

インフォメーションです。
今年初めての「エッセンスに触れるWS」を、開催します。
日時 :5月26日(土)13:00~17:30
定員 :4名(残席2名)
参加費:5000円(当日お支払いください)

お申し込みは、こちらから。


*****

今年の2月に開催した「新春を寿ぐコラージュワークショップ」とは、
方向性が違います。

先日のWSは、どうなりたいか、
という意図を入れて作りました。

それとはまた違って
「エッセンスに触れるWS」は
もっと潜在意識にアクセスして、
自分の中のいろんな次元を見ていきます。


同じコラージュでも、どこにアクセスして作るのかで
全く違うものになります。
どちらがいいというのではなくて、
その違いを感じてわかっていけば、
自分を拡大したいときは、「エッセンスに触れるWS」
こうなりたいという意図や決意があるときは、
また違うビジョンを貼るようなコラージュと
使い分けると面白いかと思います。


「エッセンスに触れる」では、
枚数制限なく、たくさん貼っていくので、
多重、多層の自分が出てきます。


その人によって、
自分節が出る人
未来のパラレルワールドが出てくる人
過去生のカルマの解消になった人
近い将来のビジョンが出てくる人
本当にそれぞれです。


意図のない分、絞らないので、
その人の持っているいろんな層が出てきて
それを見ることで、
その人の次元や軸が広がっていきます。


広がっていけば、すべてはひとつにつながっているので、
より高次の自分、大きな自分の存在も
垣間見えたりします。


ビジョンボードのようなフォーカスするものを作るときは、
ビジョンに向けてエネルギーも集まります。
特に文字が入ると、
そこに向けて行くパワーが増すので、
方向性がはっきりして、
現実化したいときには、ビジョンボードがいいですね。


お客様のご感想ですが、
ビジョンを明確にすると、
出来事が3倍速くらいに早く起こってくるそうです。


「エッセンス〜」のようなものは、
無意識にアクセスするので、
拡大し、より抽象度が高くなり
いろんな自分が見えてきます。


私の場合は、将来のこととか、
あとになって、これはあのときに作ったコラージュだと
わかることがあります。


面白いのですが、
未来から、何か降り注いてくるものを
受け取ってコラージュしているような感覚なので、
いつ、どこでそれが現実化するのか、
わからないのですが、
それがおこったときに、
あのコラージュだと感じるときがあります。


それも意外なものが現実化したりするから、
面白いです



どちらもやると、違いがわかるし、
バランスが取れます。

*****
このワークショップも何年かやっていて
気がついたのですが、同じ写真を貼っていることがあります。


例えば、このコラージュは、私のですが、
3年前のものです。
アメリカの巨木が出てきています。
これはきっともっと未来からのメッセージ。



こちらは、約2年前のもの。
同じ大木でも、山火事にあって生き残り、
修復されている巨木。
山火事で傷を負っても修復し変化し続ける巨木
どちらも未来からのメッセージのような気がしました。



そういえば、先日うちの赤紫の木蓮が初めて咲きました。
嬉しくて写真を撮ったりしてみました。

それをFBにUPしたら、
4年前に更新した記事が出てきました。
そちらの写真がこれ。
うちに近い場所で、いいなあと思った畑でした。
そのときは、庭があって、小さくても畑がつくれることや、
日当たりのいい庭が欲しいなと漠然と思っていたこと
この木蓮で思い出しました。


こうやって、木蓮という形で
メッセージが届くんですね。
それがなかったら、気がつかなかったし
タイミングよくFBで出てくるのもお知らせのように感じました。

過去から現在、未来へ続く時間というものが、
最近よくわからなくなってきました。
むしろ未来から何かのヒントがくる毎日。
自分を広げていけば、たくさん降ってくるヒントを
気づけます。







新しいニューロン


この写真は、今年の3月の「エッセンスに触れるWS」のときに
貼った写真です。
以下は真ん中の文章の引用です。



従来の神経科学の定説では
成長後は新しいニューロンは
つくられないとされていたが、
カナリアの成鳥の脳で、
失われたニューロンに取って代わる
新しいニューロンが生まれている
ことをつきとめたのだ。

新旧の交代がピークに達するのは、
鳥が新しいさえずりを覚えたり、
新たなえさ場を見つけたりして、
記憶の負荷がもっとも高まる時だ。

その後、ヒトを含め哺乳類でも、
ニューロンの新生が確認された。





なんだか今年は、いろいろ変えることが多かった年でした。
慣れないことをやっていて
ずいぶん負荷をかけたなあと思います。


製作も、かなりスピードが上がったのは、
今までとは違うやりかたを学んでいくようになったからだし
その他でもいろいろ新しく学ばないと進まないことが多かったです。
ひとつ変わったのは、
それに対してだいぶ慣れてきたということです(笑)


失敗も必要。
つまづくことも必要。
そこで、自分を責めて新しい傷を作るか
頑張って乗り越えて、古い傷を癒すか
どっちがいいですか?笑


気にしても仕方ないことは、気にしなくなって
わからないものは、わからないと言いながら、
それでも挑戦することは挑戦して
助けてもらう声は
あげるようになりつつあります(笑)


大変なときは、
新しいニューロンが生まれているときです。
まだ、表には出ていなくても。

少しでも前に進んでいければいいし
完璧さは必要ないです。

いろいろ紆余曲折も
伸びしろになりますから
あせらず着実に
自分を大切に育ててください。

時間をかけることで
よい歌を歌えるカナリアになりましょう。






自分の輪郭


菊の美しさに目覚めて
先日植えてみました。
来年が楽しみです。
たくさん咲くといいなあ。


そういえば、先日髪を切っているときに
菊の話をしていたら、
長年の美容師さんが、
「菊を見ると踏みつけたくなる」と話していて
へぇーって思いました。


田舎であまりにもたくさん咲いていたので、
見ると嫌になるそうです。
人によっていろいろイメージが違いますね。


人がどう思うと、
私が菊が好きなのは変わらないので、
別にどうも思わす笑ってしまいましたが、
以前は寂しく思ったかもしれないな。



「ひとはひと、自分は自分」


「自分の輪郭」というものが
はっきりしてきていたように思います。



そういえば、私は雪の結晶が好きで
「エッセンスに触れるWS」のときも
何度か、結晶の写真や
雪の結晶の柄の着物を貼ったことを思い出しました。


ジュエリーも結晶の形や
自然が作ったひとつしかない形が好きで
同じ原型を作った方が楽なんだけど
どうしてもひとつひとつ形が違うものを作りたくなります。


それならそれで、
その方法がうまく表現できるようになればいいだけで。
たくさん作って、どうしたらもっとうまくできるか
今は失敗も含めて数をこなすことで
わかっていく過程です。



結晶が好きなのは、
ひとつひとつパターンが違うから。
二つとして同じものがないのが好きなんです。



それは、スピリットのパターンのようなものであり
エッセンスなのだなと思います。
そういう意味なんだなと、確認しました。


だから、何をやっても結局は同じものにたどり着くから
それに身を任せていけばいいだけなんですね。


そうしていくと、新しい展開が開けるような気がします。
その間に戸惑いも含まれていても
進み続けていければ
約束の地に行けるんだろうなという感覚がします。






深く深く降りていく

昨日は「エッセンスに触れるワークショップ」の日でした。
このワークショップは大体2〜3ヶ月おきに
開催しているワークショップです。


自分自身で自分の本質=エッセンスに触れていく方法を
見出すための一つの方法として提供しています。


このWSに参加したからって、
即座に自分の本質に触れられるかどうかは
私にもわかりません。
ただ、なぜ私がこのWSを長期間に渡って
やってきているかというと、自分が好きだからというのが一番かな(笑)


とはいっても、以前に参加されたかたが
このWSに参加しつづけていると「自分節」が
わかってくるとおっしゃっていました。



自分の旋律、楽音の高低変化、
リズムの連続的なつながりを知っていくと、
みなさんそれぞれの「自分節」を
歌っていけるようになっていきます。


昨日は、久々の参加のYさんと二人で
雑談をしながら作っていきました。

何も考えないで、
ただ色を合わせただけだったり
Yさんが何か写真が欲しいというので、
なんとなくこれ!と渡してみたり
構えないで、自分のクリエイティビティを出すと
思いがけないものが出てきたりします。


自分以外の人が見てくれることによって
客観的に、理解が深まって、毎回面白い展開になります。


こちらはYさんのコラージュです。
大きな滝を下って行く写真が中央に貼られています。
なんとなく、私は那智の滝を思い出しました。
でも、よく見ると小さく人がロープをつけて
この滝を下っているのでした。


両側の動物は、狛犬などのゲートキーパーのような
守ってくれている存在のような感じに見えました。


深く深く降りて行った時に
守ってくれている存在や
生と死のイメージがありました。
母性というのもあるのかな。


彼女は今、私から見たら
篭っているようには見えませんが
現在は、自分の中を探求しているような状態で
それが自分には手探り状態なので
このままでいいのかと思っていたそうです。


起こるままに、流れるままに任せる勇気
それをいつも私は彼女に感じていました。


ご自身はなんとなくこれでいいのかなと思っていたそうです。
そういうことは自分自身にも多々あるので、
お互いに話すことで、共感が深まるひとときでした。







今までは、高次元を見ていたとしたら
今はうんと深いところを見ていく時期のようです。
どちらも同じですが。

今は潜伏期のような状態なのかもしれませんね。
でも私から見ると、
しっかりした温かいエネルギーを発しているコラージュでした。


誰でも、潜伏期を経てから、あるときに
パッと閃いたり、道が開けてきたりするものです。
Yさんもそのプロセス中のように見えました。



こちらは私が最初に作ったものです。
なんですかね、これは
ただなんとなく貼りたくなったものを貼ったものです。


血だらけの手のひとは、
野牛を猟犬たちを使って仕留めるひとで
取れた獲物をさばいた手で、
猟犬を労っているようです。


今年初めからコラージュを見ていくと
一人で頑張っていたところから
協力者が現れてきたということなんだなと思いました。


下のは月の写真です。
陰陽でいうと陰の部分。


突き抜けていく写真と
降りていく写真
上下両方、意識を拡大していく時期ですね。


中央の写真に惹かれて貼ったコラージュです。
サーフボードにサメよけの電波を出す装置をつけて
テストしている写真だそうです。
下にサメが泳いでいますね(笑)


仲良いようにも見えるし、
反対なのかもしれません。
あはは、みたいな感じです。


左上に貼ったのはカエルですが、
なぜか今までカエルは貼る気になれなかったのですが
今回は、同じ位置に2枚も
「女性とカエル」を貼っていて
グリム童話の「カエルの王子」を思い出しました。
サーファーの写真もカエルのように見えます。
意味深ですね。



こっちは最後に貼ったものだけど、
上のコラージュのの進化系かなと思いました。
女性がカエルの方を見ているから。

伯耆大山は、霊山だそうで、
Yさんが登りたい山だそうです。
面白いですね。


深い森の中に入っていくというのは
深く降りていくYさんと
共通しているのかな。


以前に怒りもひとつの道しるべというブログを書きました。

このところ自分が怒りを発することを
ずっとすっと抑圧していたことに気がついたのと
「怒り爆発!」ということが、何回か起こって
そこから、新しい展開が始まりました。
怒りからコミュニケーションが深まることもあるんですね。
自分に正直になります(笑)






これも私が作ったものですが、
左のくるくる巻いたカラフルな
ものは、インドネシアの食用の蛇のようです。


気持ち悪いけど、
色がきれいだなと思って貼ったら
Yさんが、蛇は縁起物だから、
こんなにたくさんの蛇がいて素敵!
と思わぬ感想をいただいて
私もびっくりしました。


縁起物といえばカエルもそうですね。
そういえば、ムカデも金運だそうで、
ひっくり返せば、縁起物なのかなとか‥‥
なんでも自分の意識次第なのかなと思いました。


まずは、コップの水を飲むとするか(笑)




渦中を楽しむ


今日ふと去年の6月に作ったコラージュを思い出しました。
このあとに、引越しをしようと決心したころです。


ぐるぐるこんがらがっていた思考や感情を
ピカソの女の人の髪の毛が表していて
断ち切るべくハサミが貼られています。
すごく切れ味の良さそうなハサミだなと
当時も思いました。


参加していた人たちに指摘されたのですが、
右側の「にわとり」の絵は
自分ではにわとりと気がつかなくて
なんとなく貼ったものでした。
それと対応しているようは卵の写真。


「にわとりが先か、卵が先か」
答えの出ない問題というものが好きだったのかな(笑)
そこに逃避していたような気もします。



当時は、ジレンマと煮詰まっている状況をでしたね。
遠い目(笑)
それも過ぎていきます。


その下の、デナリという北米最高峰の氷河の写真は
今日なんとなく思ったのですが、
一人で黙々と滅多に人に出会わない場所で
自分の内部にある泉を見つけにいって
発見するイメージでしょうか。
そういう時期も必要です。



この写真は魚が居る気配はしないし、
あまりにも寒々しいけれど、
この水の色は綺麗だなと思って貼った写真でした。



そのころは心理的にはちょっとしんどい時期でしたが
それはそれで、今の自分にとって
必要だったし、転居したことで
どちらかというと、良かったことの方が多いなと
1年経って思います。



こちらに来てから公園内を散歩したり
走ったりするようになって
細部に目を凝らして
毎日何かを発見して喜んでいます。



人にとってはささいなことかもしれないけれど
目を凝らすことで見つかる小さな驚きや感動の体験
小さな神秘の連続。
季節感もあるけれど、
自分が生きてきた人生の季節感でもあって
それが、自分を育ててくれたような気がします。




何かを始めようとするとき
最初は不安に思って
縮こまった考え方に陥る人がいますが
経験からいうと
シェルターのような殻にこもるよりは
そこから出てどんなものがあるのか、眺めてみるほうが
だんぜん面白いと思います。



たぶん、今の私の心の中の泉は変化してきて
たくさんの魚が生息している泉に
変わりつつあるような気がします。



泉の中に目を凝らして
いろんな魚を見て
それを釣り上げてもいいし
どう料理するか、考えたりすることが
左側のお皿の料理と関係しているのかな。



お皿も時計も、横に貼っていて
「こうあるべき」という縛りからは
解放されていくサインだったのかもしれません。
もっと自由に
縛りを外していく時代になりつつあります。


話は変わりますが
私の息子はルアーの釣りが趣味です。
たまに80cmくらいのスズキを吊り上げて
大喜びをするときもあるし、
まったく釣れないこともあります。



彼にとっては、釣れても釣れなくても
釣りをすること自体が好きだから
いつも釣りをしています。



どんなものでもいいのですが
渦中を楽しめるような
そういう体験に出会うこと
そこに神秘の扉があるような気がします。


次回の「エッセンスに触れるWS」

日時:10月28日(土)13:00~17:30
定員:4名
参加費:5000円

お申し込みはこちらから。















8/5「エッセンスに触れるWS」ありがとうございました!

先週末は、「エッセンスに触れるWS」でした。
今回もたくさん作りました。
その中で幾つかをシェアします。


みんなで話していたのですが、
私とNさんは、いつも最初は上層部の
軽い感じのものを貼っていって、
だんだん本領発揮になるパターンみたいです。


あと、私の場合は、何年か経って見返したら
今の状態を予感するようなものが貼っていることが多いのですが、
Nさんは、吐き出し系ですと
おっしゃっていました。
それぞれです。


Oさんは、子供や赤ちゃんや動物のの写真を
たくさん貼ると気分がすっきりするそうです。
人によって、いつもあるパターンがあって、
それもその人の多面体の一部なのでしょう。



グループワークに参加されなくても
毎回コラージュを持ってきて見せてくださるかたもいらっしゃいます。


彼女の場合は、ストーリーのように展開していきます。
ちょうど、気持ちやその時の状態とリンクしているのを、
コラージュすることで客観的に整理しているようです。
そして、今取り組むことや問題点がわかるそうです。


こちらはOさんのコラージュ。
とても素敵なランタンと花火のコラージュです。
お盆のイメージで作られたそうです。
前回も参加していただいたのですが、
お父様が亡くなられて、先日49日だったそうです。
亡くなられたのが、満月の日で
49日が新月の日だそうで、
まさに新しい世界へ旅立たれたようですね。



こちらもOさんのコラージュです。
ゲートのようなイメージ。
真っ白な余白が、これからをイメージさせられます。
左下の赤い鉱物がパワフルな印象です。
余白、次への予感、
力強さを感じました。



こちらはNさんのコラージュ。
毎回だんだん最後の方になると、パワー炸裂です(笑)
火山のエネルギー、そこを?もろともせずに走っていくヤギ?
右側の白髪のおじさんが気になりますね。




こちらもNさんの。
いつも面白い写真と面白い組み合わせ。

いろんなポケットがありそうなNさん。
一つ一つの写真が面白いです。
仮面、仏像、ロボット、強烈ですね。




こちらはiさんのコラージュです。
手を伸ばした女性の横の文章も
面白かった!

内容は、忘れたけど、、千一夜物語の文章だったと思います。
旦那さんが自分の奥さんを「クソ女」と呼んでいるとか…
なんか、面白いなって思いました。


今回、他の人も時に文章を載せたりしていました。
それもキャッチコピーや願望ではなく
なんとなくウィットにあふれた文章でした。



Iさんはご自分でもコラージュを作ったりしていて
毎回とても面白い写真を見つけて
素敵なコラージュを作られます。
以下はご感想。


藤井美弥さんが主催する
「エッセンスに触れる」WSに参加しました。
コラージュ作りは自分でも続けてやっていますが、
出来上がったものを見ながら話したり、他の方から感想を聞くと、
自分では気がつかなかった見え方を
発見できて面白いです。
それが意外に的を得ていて
驚かされます。





こちらもIさんのコラージュ。
いつも面白い写真を見つけてくるものですね。
日本人の男性で、スペイン?にダンスの修行で渡欧した人の
写真と、女優や男優や、人形。
舞台のイメージなのかな。
息子さんが今度フランスに演劇で留学されるからかも。




こちらは私のコラージュです。
今回スケッチブックは4冊目。
いつも書いているノートもそろそろ終わりで
何か切り替わり感が満載な感じです。


赤く光っているのが、パラグアイのカイマンというワニ。
すごい量で、遠くのはカイマンの目が赤く光って
星のように見えるそうです。


下のは、カイマンの赤ちゃん。20センチ。
水中写真です。
まだ赤ちゃんなので、
コウノトリに見つかったらひとたまりもない。
そんなときは、危険を察知して
鋭い声を上げると、
近くにいる大人が助けに駆けつけるそうです。


わからないけど、貼ってから説明文を呼んで
なんとなく納得(笑)
今、色々変化中なので、
自分でもなんだかよくわからなかったり
不安になることもあるのですが、
きっと助けを求めれば
助けが得られるんだろうな。
ありがたいことです。




こちらもよくわからないままに私の作ったコラージュ。
真ん中のは瞳の光彩の拡大写真です。
水中と水上の両方が写っている写真。
イソギンチャクと共生している熱帯魚。


みんなで話していたことは、
「意味なんて、わからないよね」ということ。
あとになって、こういうことかなと思うことはあるけど。


それよりも、出し切ることが大事だと思います。
水門を開くように
せき止められていたものを、
どっと流れさすために
私はコラージュをしているような気がします。



それは、繰り返し、繰り返し、起こってきて
その作業が、自分のクリエイディビティを回復する
プロセスだったりします。


それがどのように発展していくのか?
プロセスをありのままに記録し
引き出す作業に慣れていく
それを通して自分のエッセンスに触れていくのかもしれません。



どんな人にも創造性は宿っています。
それぞれ素晴らしいなと毎回感心させられます。
今の自分が気になるものを記録すること
それをみんなとシェアすること
そのことで、自分だけではなく
そこに参加している人たちと共有していくことが
自分を開いていくことにつながると思います。

今日も長々と書いてしまいました。
読んでくださったかた、ありがとうございました。
そして、先週、このような空間を共に作ってくださったみなさま
感謝です。





創造性の心を育むための時間を持つ


土曜日に資生堂ギャラリーでの沖潤子さんの個展に行ってきました。
7月23日まで開催しています。






沖さんの作品の説明文です。(資生堂ギャラリーより転載)
沖潤子は、個人的な、あるいは何らかの物語が垣間見える古布に、自己流で始めた繊細な刺繍を施します。布が経てきた時間とその記憶に沖の針目が重ね合わされることで、偶然性をも含んだオブジェが立ち現れます。布は皮膚であり、針を刺すのは記憶を留めるためという沖の創作行為は、まるで古布に新たな生を与えているように感じられます。本展では、蛹(さなぎ)をイメージとして重ね合わせた刺繍作品を中心に据え、針を題材とした作品、および映像作品も展開する予定です。人間が持つ創作活動への根源的な欲求と転生といった主題を取り上げることで、既存の刺繍や工芸といったジャンルに捉われない独自の表現を探求します。


ついでに、沖さんの「PUNKの種をみつける」というワークショップも受けてきました。
楽しかったです!!!
2時間があっという間に過ぎました。



こちらは沖さんの作品。
美しいですね。


私が作ったのはこちらです。

「何か、思い入れのある布」を持ってきてください。
ということで、長年、気に入っていて
ボロボロになっていたメキシコの刺繍の白いワンピースの
生地を持って行きました。


それをザクザクと切りながらまあるい形にしていきます。
そこにある糸で、意図もなく(笑)
ただひたすら、ジョキジョキと切りながら
針を進めていきました。


刺繍といえるのかどうかわかりませんんが、
面白いのは、やっていると「心が鎮まります」
2時間だったので、ここまででしたが、
もう少し針を刺してみようかな。



彫金をしているときに
ヤスリで形を出している時ほど
緻密さを要求されない分
自由に気持ちのままに進めていくのが
とても楽しいし落ち着くのです。


何ができるのかわからないのが
楽しいです。


これって、人生と似ていますね(笑)
コントロールしようがないと諦めて
流れに乗ってどんどん進んでいく感じを
実感しているようでした。








参加された方々の作品です。
それぞれ個性があって面白いです。
「その人でなければ生み出せない美しさ」
そういうものの種がそこにあるような気がしました。


違いがあるから、
私の個性もわかるし
それに気づけることは
そこから自分らしさの発見につながると思います。


これは、作品を作るだけのことじゃなくて
日々のことにも言えるのではないでしょうか。


自分と他の人の違いを眺めてみる、
自分の存在を意識する。
人の存在を意識する。
そういう行為を繰り返していくと
自分らしさに気がついていきます。







こちらは、2年前くらいに作った私のコラージュです。
たまたま古本屋さんで見つけた
沖さんの刺繍に惹かれました。

全部が沖さんのではないですが、
それに触発されたNさん、
沖さんの作品集の本を購入されたそうです。
私もそれに触発されて
『PUNK』という作品集の本を購入しました。


それから1年くらい経った、
「エッセンスに触れるWS」のときにNさんより
沖さんの個展の話を聞いて、
終わった後でみんなで見に行きました。


そのNさんから、またまた
こちらのWSのお知らせをいただいて
とりあえず申し込んだ次第です。
不思議なやりとりですね。


刺繍すること、針を通した作品は
その中に膨大な時間が含まれているから
「祈り」に近いような気がします。


他の人の作品を見たりすると
何かを考えたり
インスピレーションや、洞察を得ます。
そこから、何が問題か
何が必要か、
解決策も見えてきたり
自分の中の創作意欲も刺激される
準備体操のような時間でした。


例えば、私はゴッホの晩年の絵を見ると
痛みのような感覚を覚えますが、
悩んでいるとき、くるしいとき
細部までこだわってしまうとき
心に残っているもの
そういうものは、ある種、
アートに近いところにあるもので
手放したくても手放せないときもあるけど、
いつかそれがその人の種となって
この世界に花開く時期がくるような気がします。

*****
ここからはお知らせです。

次回の「エッセンスに触れるワークショップ」
8月5日13時〜開催します。
自分のエッセンス、種、を見つけにいらっしゃいませんか?

定員:4名(残席3名)
お申し込みはこちらから









生と死

先週の土曜日は「エッセンスに触れるWS」でした。
このタイトルの通り、とても深い内容でした。
終わったあとに
すごくプロセスが出てきてしまって
ぐったりしてしまいました。

でも、こんなに深い話を分かち合える場所を
自分が持っていることが、本当にありがたく
分かち合ってくれた皆さんに感謝でいっぱいです。

独りで作るものではなく
物語をみんなで作り上げるような
そこから紡ぎ出される美しい物語に
ときには心を深く揺さぶられることがあります。




こちらはFさんのコラージュです。
つい最近ご家族を見送って
その体験をシェアしてくださいました。


そのお話がとても心を打ちました。
屍体について
彼女はもし叶うとしたら
サバンナのようなところに置いてもらって
ライオンの餌になりたいと。


このコラージュは、
たまたまMさんが持ってきた雑誌に載っていたライオンの写真から。
骨の写真は私が見つけて。
もう、誰がという感じでもなく
話しながら、これが必要そうと思ったら渡すというやり方をしました。

神聖なコラージュだなと思いました。
あ・うん のライオン。
旅立つご家族を見送っていながら
自分の死生観も出ているコラージュでした。



すべてを使い切るというか
死んでもまだ必要とするものがあれば
提供することは地球のためにもなるのではないか。



話は変わりますが
庭仕事をしていて、
毎年この時期になると
たくさん花を咲かせてくれていた一年草が
花がだんだん小さくなっていって
葉の色も薄くなって
枯れることが名残惜しいと思っていました。



残っている花を摘んで家中に活けるのですが、
この気持ちが変わりつつあるような気がしました。
枯れる花もあるけれど、
この時期は土の中にどんだけの種があるんだろうかというほどの
たくさんの草が芽吹いてきて
植えるものがあるなら抜くしかないし
そういうことに対して
量が多いと、淡々と抜いていくだけになっている自分がいます。



気持ちが軽くなってきているのは
量をこなしていったり、
経験が増えるから慣れてくるのでしょうね。










死について
私は子供の頃からすごく怖くて
夜中にふと目を覚まして
心の中でギャーと叫びたくなるようなことが多かったです。
でも、誰にも話さなかった。
話してはいけないような雰囲気があったのかもしれません。
今はそれがいつの間にか癒されたのか
そんなに思わなくなりました。
溜め込まなくなったからかもしれません。



死はどの人にも避けられないことだし
いつ起こるかもわからないけど
それだからこそ、今を充実させたいという思いのほうが
今は強くなってきています。







こちらはMさんのコラージュです。
とても美しいコラージュです。
カラフルな色のパーツはお菓子だそうです。


草間彌生さんの展覧会の話になって
生命力について
創造することについて
とても刺激を受けたそうです。
私も同じ経験をしました。
草間さんの写真は、「エッセンスに触れるWS」の
最初のページにも貼っています。


創造することを阻害された経験やトラウマを持っているひと
素晴らしいものを外に出し切れていない人は
たくさんいると思います。


それを外に出さないで溜めていくと
心身ともに病んでくるとMさんが話していました。

本当にそうで
どんなものでもいいから
アウトプットしたり、
話せたりするだけでも
気持ちは楽になります。



自分の経験からも
まず自分が癒されることから
創造は始まると思います。
そしてそれを出し続けていくこと。


草間さんは1週間に2〜3枚も
大きな正方形の絵を描いていますが
その絵が曼荼羅のように並んだ展示は
もうその人が作ったという感覚はなく
世界に共有されているものが
その人を通して下されてきているようでした。






これは、私が作ったものです。
左下の傘をさした女の子がとても可愛くて
それを見ていると、気持ちがすっきりして
ウキウキしてきます。


先週まであまりに忙しくて
スケッチブックがもうあまりないことすら気づかなくて
黄色いテープで余っている紙を貼りつけました。
ぶっつけ本番なのは、思いがけないものが貼れたりして
面白いです。


右上は心臓の模型というか、
人体の展示会のようなのが以前日本にもきたことがあったけど
それです。
オーガンジーの布で覆ったような
綺麗なものに見えるのは、血管なのかな。

下はマグダラのマリアのものと言われる頭蓋骨だそうです。
ちょっと怖いかなと思いながら貼ったのですが、
ハートとスカルはどの人にもあるものだなって気がつきました。


右端は、以前にも作ったことがあるのですが、
花粉を顕微鏡で見た写真
下は肉体労働をしているアフリカの人
生命とか生きていることを感じるコラージュ。



そういえば、11月に作ったコラージュにもスカルが貼っていました。
これも、指摘されないと気がつかなかったものです。
その時も、なんだろうなって思っていました。



こちらは、表紙の裏です。
11月にハートを貼りました。

右側は1年前に貼ったもの。
創造したいけど、恐怖で前に進めなかったころ。
どうやって踏み出していったらいいか、
どう手をつければいいのか、
これは、子供の頃の体験に根ざしていて
自分のやることに対して
温かい視線ではなく
批判や批評に傷ついていて
助けを必要としていたけど
それに対しても気がついていなかったころだ。
助けは周りにではなく
まず自分の内側に対してだった
ということが
最近になってわかってきたのです。


サーフィンの大波のトンネルの中
ドライブ力のない自分を責めていたけど
実際どうしていいか、わかるまで1年かかりました。
だから、貼ったものはいつかそうなるから
貼っているんだと信頼できるようになってきました。


期待しすぎず、でも絶望したり
落胆せずに、淡々と続けていくこと。
そうしていたら、いつかそうなるんだなって
思います。





こちらは、左は先日のWSで作ったもの。
右側のスペードは 11月に作ったもので、
スケッチブックの最後のページです。

面白かったのは、
右の方向(♠)へ向かって進んでいる写真ばかり。
スペードに向かって進んで行く。


Fさんが、スペードの意味を調べてくれて
死という意味もあるそうです。
生から死へ
当然ですが、その流れに乗っているわけですね。


人間の生は一瞬のようなものかもしれない。
でもその中に永遠を見つけたとき
それはその人だけのものじゃなくて
全体につながっているのではないのでしょうか?




この写真は11月に撮りました。
このスケッチブックのテーマが
ハートからスペードへ
α Ω
A to Z
初めから終わりまで
全部味わって、楽しんでいきたいです。




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