答えは自分のなかに

私がオーラリーディングをしているときに
明確に設定しているのは
「問い」に対して「答え」は外側ではなくて
必ず本人の内側にあるということです。


私はオーラを見ているだけで
自分がどこかに意識を飛ばして
情報を取っているわけではありません。
目の前にいる人のオーラはその人の宇宙だから
そこからわかるデータをお伝えしています。


もちろん私が全部見えているわけでもないし
意味がわからないものも多いです。


でも、ふだん意識していない領域だったり
全く違う側面からアプローチできることもあったり
他の人が知り得ない情報だったりする場合もあって
ご本人に驚かれることも多いのですが
私自身は、シンプルにオーラを読んでいるだけです。
このスタンスでいると、リーディングがブレないし、楽ですね。


ときどき、どっちを選んだほうがいいか
ベストな選択を聞かれたりすることもあります。
こういう質問では、私が何か正しいベストな答えを知っていると
期待されているように感じるのですが
やはり答えはその人の内側にあるんです。


では、なぜリーディングが必要なのでしょうか?
それは、より俯瞰した視点や、客観的な視点に気がついて
ご本人の視野が広がって、整理したり理解するためです。
そして自分で解決方法を見つけていただけたらと思います。


セッションにいらっしゃった方々のご感想も
すっきりした、整理がついた、という声が多いです。
リーディングする人に依存しては、本末転倒ですが
私という視点を通して
ご自身の視点が広がってほしいなと、いつも思っています。








空気を感じる



本日は水無月三十日、夏越しの大祓えですね。
今日で1年の半分が過ぎました。
早いものですね。


3月くらいからちょこちょこやっていて
今日までにあらかた部屋の片づけやお掃除を済ましたかったけど
全部はできなかったです。
今月も少しずつやっていこうと思います。
湿度が高いときはなんとなく気分ももやもやするので、
9月にも集中的にお掃除しようと思っています。


実は私、お掃除は好きなのですが、
片づけや整理は苦手でした。
今年になってから、いつかやろうと思いながら
手をつけられなかった場所などを
少しずつやれるようになってきました。


この間、気がついたのですが、
おっくうだなと思いながら、キッチンのストックルームの
片づけをずっとやっていたら
ある瞬間にモードが変わったのに気がつきました。


ふわっと空気が流れだして
空間が軽い感じになったのです。


どんよりしたエネルギーが解放されて
視界もクリアになりました。
それからは、片づけをするがとても楽になって
楽しく集中して作業を終えました。


身体だと血流が良くなるような感じですね。
家の状態も、心や身体とリンクしているから
流れをよくしたいですね。












より繊細に、ていねいに

時間がかかってていねいな仕事やものは、
目に見えていなくてもそれが伝わっているなと思います。


素材のうまみを引き出そうと
丁寧に仕込んで、手間を惜しまない料理など
時間と心がかけられたものをいただいたとき
自分の心も身体もどんどん元気になっていきます。


生きていることがうれしい感覚
あなたは大切な存在だよと言われているような感覚
自分の存在を認めてくれているような深い満足感


こういう感覚が伝わるような仕事をしたいなと思います。


たとえば、同じファミレスで食べても、
微妙に味が違っていたりするのを、感じことないでしょうか?
レシピ通り、マニュアル通りでも
美味しいお店と、食べた気がしないお店の違いって、なんでしょうね?
いろんな感覚が伝わってきます。


それから、中途半端に手がかかって、雑な感じのものは
手にしたとき、人の手が感じられないものよりも
さらにいやな感じがします。
こんなもんでいいよね、とか、投げやりな感じ、とか
軽く扱われているような気がして、気持ちも下がってきます。
作るほうも楽しさとか喜びとか感じていなくて
なんとなく作っているような感じがします。


逆に自分の思いや、”我”が勝ちすぎているものは
違和感を感じて、素直にこちらに入ってこないです。
パッと見てもわかるんだけど
触れてみると、もっとよくわかります(笑)


口に入れればパッとわかる
触れたときふと感じる
視覚より触覚のほうが、身体の奥深くまで伝わってきます。


なんとなくカウンセリングでいうと、
傾聴と似ているような気もします。
より繊細に、ていねいに、触れていくことは
地味だけど、すごく基本的なことですね。
大事な土台なんだなって、あらためて思いました。





心に残る話

すごく昔のことですが、ときどき思い出す話があります。
当時、私は20代の会社員でした。
その会社では、朝礼の時に3分間スピーチというのがありました。


その日は、ある男性マネージャーの番でした。
その人は40代で結婚されました。
当時としては晩婚でした。
そして待望の赤ちゃんが生まれて
毎日とてもうれしそうにしていました。


「最近、歯の治療を始めました。」
スピーチはそこから始まりました。

なぜ治療を始めたか、というお話でした。
あるとき、赤ちゃんをあやしていて
笑いかたがなんだか変だ
ということに気がついたそうです。

なんだろうと思って
ずっと注意して見ていたらしいのですが
ふと、自分の笑いかたとそっくりなことに、気がついたのです。


その人は、歯が悪いのを見せたくなかったので
人前で話したり、笑ったりするときに
なるべく歯が見えないように
唇で歯を被うような笑いかたをしていました。


歯がないおじいさんのような笑いかたですが
最初見たときからそうだったので
そういう表情の人なんだなと思っていました。


でも、その笑いかたそっくりに笑う赤ちゃんを見て
ハッと驚いたそうです。
赤ちゃんだから、歯も生えていないし
親子だから顔も似ているのだと思いますけどね…


子どもは親をお手本に育っていくから
その子が成長していくのを想像したのでしょう。


これは歯の治療をしなくては!
それまでは、気になっていたけどおっくうで
治療をするのを先延ばしにしていたそうですが
このことで、治療を始める決心がついたそうです。



そういう淡々としたお話でしたが
なぜか心を打たれました。
素朴で心のままに語っていて
その情景がありありと思い浮かんだのです。


さらっと語っていたのですが
赤ちゃんに対する深い愛情が感じられたというのもあります。
言葉だけじゃなくて伝わるものがあって
それを受け取ったような感じがしました。


きっとその人はそういうスピーチをしたことを
憶えていないでしょう。
他愛のない話といえばそうなのかもしれないし。
でもその話は、私の心の宝箱の中に入っています。


すごく伝わる話と
入ってこない話って
どこが違うのでしょうね?





輝き続ける。

あわせようと
階段を降りる必要はない。

上から目線とか
気にしなくてもいい。
むしろ上に居続けて
照らし続けよう。

階段を登ってこれるように
灯りとなることが
自分にとっても
相手にとっても
大事なこと。

上にもまた照らしてくれる人がいる。
その灯りをたよりに
自らも一歩一歩登っていく。


自らの輝きを隠す必要はなく
むしろ輝かせることが
その人の使命というものなのだろう。



あの人だったら…

なにかをやるときに
どこから手をつけていいかわからなかったり
迷ったりして動けなくなることって、私はときどきあります。
そんなときに、あの人だったらどうするのかなと
ちょっと自分から離れてイメージしてみたら
簡単に動けるきっかけになったり
スッと判断できたりするものですね…


自分があこがれている人や、尊敬できる人だったり
自分の足りない要素を持っている人とか
気質とかライフスタイルが似ていたりする人など
その時によってイメージする人が違ったりするか
一人のお手本のような人がいる場合もあると思うのですが
私は今までそういう考え方をあまり取り入れてなかったんですよね。


本などではよく書かれているんだけど
自分ではあまり実行していなかったです。
あの人のふりをするとか、まねをすることは
なりたい未来に進むために大事なことだなと、腑に落ちました。


そう思ったきっかけは
自分のやり方でうまくいかなかったときにとことん考えて
それに夢中になってしまって
過去のことばかり考えてしまうクセに気がついたから。
そういうときは、前に進むことが億劫になってしまいます。
これって過去の何らかの呪縛のようなものにハマっているんです。



そこから抜け出す方法として
自分以外のだれかのやり方をまねるというのは
とても効果的です。
パッと意識が切り替わります。


うまくいかないことがあると
じっくり考えてみるというのもすごくいいやり方です。
私はずっとこのやり方ばかりしてきました。
それで変わると二度とそのパターンは出てきません。
根本的なものが変化するので。


でも、とりくむ問題があまりにも大きかったりするとき
そこから出られないで
進むことも退くこともできなくなるときがあります。


そういう機能不全のようになったときには
抜け出す方法として、こういうのもありかなと思います。




決めつけると…

たとえばの話ですが、最近こういうことをよく考えています。
朝起きたときに、なんとなく憂鬱な気分になることがあります。


そういうとき、私は自分は”憂鬱”だと、決めつけている ?!


憂鬱だな…と思うと
憂鬱な理由を探し出してきて納得してみたり
さらに憂鬱なことを探してしまって
思考の迷宮に迷い込んでしまいます。


それで憂鬱なように行動していくんですよ。
今日は憂鬱だから二度寝しちゃおうかな…とか
私の場合はどっちかというと怠惰なほうへ流れていきます(笑)
ここでがんがん動いていけば気分も変わるかもしれないのですが
そういう発想は、まず浮かんできません。



でも、それはもしかしたら、夜、食事が遅いから、
それに輪をかけて食べ過ぎていたから、ということだったり。
単純に胃腸の調子が悪いだけかもしれないよね…
身体が不調だと気分にも影響が出るから。


そのときの気分とか、体調とかを感じたとき
必ず過去の似たような状況を自動的に検索して
それで決めつけてしまいます。
私の場合は体調がイマイチだと
憂鬱な気分になりやすいみたいですね。


でも、無意識に思ったことを
いったん疑ってかかると
ニュートラルに戻れるような気がします。


ジャッジしないって
言葉では簡単だけど
自分に対しては
無意識にたくさんしているような気がします。


たとえば、ダメ出しとかね…
いい方向へコントロールしたいんだろうけど
あんまりやり過ぎると不自由になりますね。


だから、気がついたら
わからない、わからない
と呪文のように言ってみて
リセットしています。










伝えること

「伝える」ということについて
このところ考えていました。


「伝わらないこと」に寂しさを感じたり、イラッとしたり
そのことでなんとなく距離をとってみたりしたことありませんか?
そんなことしていたら、よけい伝わらないですよね(笑)


「伝わらない」というほうに意識を向けていると
苦しくなってきますよね。
そういうときは、自分へよりも相手のほうへ、意識を向けています。


でも、「伝わらない」と腹をたてるよりも
「どうやったら伝わるか」を考えたほうが
確実に伝わりやすくなります。
そんな簡単なことなんだと思う。


気がついたのは

伝わらないことに、感情を貼つけていた

ということでした。
本当は「伝わっていない」という単なる事実があるだけなんです。


それを「伝えたい」のであれば
なにを伝えたいのか
どう伝えればいいのか
それを整理すればいいだけなのかも。
つまり、伝えたいことを明確にして
関係性や立ち位置、方向性などを
自分から打ち出す訓練をするということ。


自分の感情や考えがうまくまとまっていないと
そのことに向きあって整理すること自体
おっくうになってしまいます。
それから伝えることで
関係性が変わってしまうような気がしているとき。
もうちょっと深く考えて
どういう関係性にしていけばいいのか
自分に問いかけてみましょう。


考えをまとめて言葉にして伝えることは
相手だけじゃなくて
むしろ自分を大事にすることにつながると思います。


私も今までは、小さなことなどは
まぁ、いいかで終わらせたこともよくありました。
でも、お互いに本当に大事だと思うことなら
思いやりを持って伝えたいですね。
自分もそうしてもらいたいから。


もちろん伝わるかどうか
受け取ってもらえるかどうかは
相手の自由だと認めたうえで
相手を批判したり攻撃しないような
もっと自分にとっても相手にとっても
スーッと心に沁みるようなあたたかい言葉で
伝えてみたいです。




工夫をするということ

このところ、工夫するということについて考えていて
自分に対してのメモ的な感じで書いてみます。
工夫と書くと、私は楽しくなるのですが
努力と書くと気分が重くなったりするのが不思議です(笑)


工夫するって、整えることにつながっているような気がします。
たとえば、部屋に花を飾るとか
掃除をするとか
おいしい料理を作るとか
主婦の人だったら、あたりまえのことですけど
最近そういう些細なことをやっているのが楽しくなりました。


これは私にとってはすごく新鮮な感覚で
そういうことをするときは
しかたない、やるか!って気合いを入れないと
気持ちが乗らないことが多かったのです。


でも、そういう些細な日常のことがやれているときは
心も安定していて
視界にごちゃごちゃしたものが映らないだけでも
けっこう気分が良くなるんだから
そこをやればいいじゃない!って思うようになりました。


その発端になったのは、あるとき唐突に
「私は松居一代さんのようなエッセンスが足りていない!」
と思ったんですよね。
それでamazonで本を注文して読んでみました。
その本は掃除のしかたについて書いていたのですが
掃除をやり込んでいる人の、「ちょっとした工夫」が書かれていて
これが掃除のモチベーションをあげるんですよ。


たとえば、紙おしぼりで玄関のたたきを拭くというのがあって
うちに厚手の紙おしぼりがいっぱいあったのでやってみたら
楽しくなって、家中の床を紙おしぼりで拭いてしまいました。
床を拭くのって私にとってハードル高いのですよね。
それから松井棒で、細かい隙間を拭いたり
楽しく掃除ができるコツが書かれていて
私には新鮮でした。

ちょっとした工夫


ここだよなぁ…
なんか、いいよね
今までなんで気がつかなかったのかなって(笑)


そう思うと、いろいろこれが応用できることに気がつきました。
たとえば、人間関係。
相手の欠点や表面的な問題点ばかりに目を向けてしまうと
ややこしくなりますね…
相手をを変えるよりも
ちょっとした工夫で自分の態度や行動を変えていけばいいんだね。


相手ががどういう人かをよく考えて
それに応じてちょっとした気配りをすればいいだけで
寄り添うことって、それぐらいでいいのかな。


自分の思いだけに囚われていると
客観的に見れば、配慮のないことをやっている場合が多いですし
感情のままにふるまうことは
成長にはつながらないと思います。


気配りができる人になるというのは
自分から工夫することができる人になることで
それができていると人間関係や仕事もうまくいくんじゃないのかな
自立している人はそういう工夫は自然とできていて
それが社会性が身についてくるということなのでしょうね。


配慮するとは関係性を工夫することかな
自分と環境
自分と家族
自分と仕事
自分と交友関係
・・・・・・・

関係性としてあげてみるといっぱい出てきますね。
よりよい関係性を築く工夫をしてみたいなと思いました。


ここまで考えたら、能動的、受動的ということが関係している気が…
たとえば行動するときに
つねに相手の立場を考えて、相手がよろこぶように配慮すると
ものごとがうまく進むし、好感度の高い人になります。
依存的な態度やコントロールするひとは
自分が動こうとしないで
まわりを動かそうとしますよね。
それで、まわりが引いてしまう。
ここを変えたらいいだけなんだな…


動こうとしない人って
いつもベストな答えを探しているのかもしれない。
でもベストな答えってなに?
そんなの時間が経ってみないとわからないですよ。
だから、そこを外せばいいんじゃないかな。
より良くなることを工夫していくだけでいいんじゃないかな。


それに自分で選択して行動していくと
なんか拍車がかかるというか
間違ったと思ったら修正をかけるくらいでいいじゃん
と思ったりしています。

ちょっとした工夫と思えば
スルッと行動できそうな気がしませんか?





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