視点を変えて見る、見る、見る


公園の「和」の庭園
最近のお気に入りでよく覗いています。

引っ越してきた頃は、
「この山野草の庭は地味な花ばっかり!」
と思っていました…

最近はよくよく見るようになって、
面白いカタチの花が多くて
好きなのです。

この花は、「ヒトリシズカ」
山野草です。
ブラシのような形の花。
葉っぱに守られています。
最初は群れになって生えてきます。
静御前にいわれのある花です。


「ヒトリシズカ」が開いたら、
こんな形になります。
4枚の葉っぱの真ん中に
花が一本咲いています。


こちらは「二輪草」
こちらもよくよく見たら
どの一本の茎から二つの花が咲いています。
それで、二輪草なのですね、なるほど。
可憐な花です。


こちらは「チゴユリ(稚児百合)」
すっごく小さくて、2cmに満たないくらいのユリ。

このユリはあまりにも小さかったので、
今朝、初めて気がつきました。

山野草は、普段あまり見かけない花が多くて
興味深いです。



こちらは「ケマンソウ(華鬘草)」
別名タイツリソウ(鯛釣草)」ですって。
そういえば、釣れているような形ですね。



こちらは、「ケマンソウ」の白。


*****
木や花や空を眺めながら、
散歩したり走ったり
1日の中の私の楽しみの時間です。


決まったコースを走る時もあるけれど、
だいたいは、そろそろあの花が咲いているかな…とか、
あの木が気になるから、近寄ってみようとか、
今日は木の幹を眺めて歩いてみようとか、
その日によって興味の向くままに
いろんなものを眺めています。


気になるものに、意識が入り込ませて見ていると
どの存在もユニークです。
同じ種でも咲く微妙に時期も違います。
見ながらそういう変化を
覚えているようです。


公園の植物の地図が私の頭に中に出来上がってきて
それがより細く立体的になってきています。


小さな可憐な花に目を凝らしたり、
大きなシンボルツリーのてっぺんを仰いだり
視点を自由に変えて見ると
決まり切ったものの見かたに
今までは縛られていたんだなと思いました。


好きなものが
増えてきました。


今まで嫌いだと思っていたものは
なんだったのだろう…


そのものをもっとよーく見て、
入り込むように見ていくと
いろんな発見があります。
そこに面白さを感じます。


これ、植物にたとえて書いていますが、
人間関係などもそう。


苦手意識を持っていても、
避けないで、感覚を麻痺させないで
変に予測しないでほしい。


ありのままを見つめていけば
自分の持っている心のもろさや
やさしさや繊細さや
強さを取り戻せるのです。


避けていれば見つけることができません。
それは勿体無いことです。
せっかく生きていて、
いろんな存在がいるんだから
ありのままのその存在を
いろんな角度から見てみると
そこからなにかが生まれてきます。






組み替え


今朝も寒くて、午前中は雨がぱらついたけれど、
なんとかお天気が持ち直しました。


このところ、植物たちが目まぐるしく変化しています。
毎朝、庭に出ていろんな植物を細かく見るのが私の楽しみです。
今朝は、ボトルブラシの樹に蕾が付いているのを見つけました↑


ボトルブラシは、こちらに来てから植えたのですが、
茂ったミモザの陰になってしまい、
まだ一度も花を咲かせたことがなかったのです。


大好きな真っ赤なブラシのような形の花。
今年の夏、うちの庭で見れるなんて、最高です!


そういえば、ボトルブラシはフラワーエッセンスにもあります。
オーストラリアのブッシュフラワーエッセンスです。


花の形態がブラシのようだから、
煙突掃除のように、こびりついたススを掃除する
浄化のエッセンスです。


また、人生の転機の時に、このエッセンスは
乗り越えるのをサポートしてくれます。
今までしがみついていたこと、
もう必要のないものを手放し、
人生の次の段階へ進んで行くときに
もう一押ししてくれる作用があるようです。


今日、書こうと思っていたテーマとぴったりです!
「令和」の発表から、変化の加速が増してきて
自分自身の中でもいろいろな組み替えが起こっています。



優先順位の変化や
整理整頓や
意識の組み替えなどが起こっています。


たとえば走ることについて
どんなに変化したかというと…


ダイエットのためとか
体力をつけるとか、
「目的があって、結果を出す」
というのが何回も頓挫していました。


でもこのところは、「走りたいから走る」ようになりました。
朝日を浴びるのが気持ちいいから。
花や樹を見たり、鳥の声を聞くのが好きだから。


こんな感じに変化している自分がいます。



つまらないと思っていたこと
面倒だと思っていたこと
苦手なものが、
あまり考えずに
淡々とこなせるようになりました。


自分がやっていることすべてが、
神様とか宇宙からのお仕事の依頼だと思えるようになったら、
自然と落ち着いてやれるようになりました。


何事にも優劣をつけることをやめたら、
外側のことがあまり気にならなくなって、
やること自体を楽しめるようになりました。






こちらは、なんでしょう?

レンゲの花の蕾です。
去年植えたものがやっと大きくなって
蕾がついてきました。


子供の頃を思い出して
懐かしくて植えたのです。


その話から、先日友人と、
その友人が子供の頃
レンゲの花がたくさんあった場所を訪ねました。


残念ながら、れんげは見つけることはできなかったけれど、
なんだか、そのこと自体が楽しくかったです。


古い楽しい記憶は残しておいて、
新しい未来へ進んでいきます。


大きなものに守られて


桜もだいぶ散りかけてきましたね。
昨日は、こちらは朝から雨でした。
少しして雨が上がったので、公園に行ってみました。

日曜の喧騒とはまったく違った静かな公園。
桜の花びらが絨毯のようになっていて、
とても美しかったです。

桜は咲きはじめも、満開のときも、
また散るときも、すべて美しいなぁ…

生きとし生けるものも
すべてそうなのかもしれない…


この写真はまんなかにけやきの大木があります。
そのケヤキを囲むように数本の桜の巨木があります。
小山のようなてっぺんは緑なので
面白いなあ、葉っぱが出てきてるのかなと
中に入ってみたら、ケヤキでした。
まるでリーダーのように
桜を守っているような雰囲気でした。





一面、桜色の地面。
花の色と地面の色が同じです。


きれいなので、いっぱい写真を撮りました。
桜色と若草色のコンビネーションが美しかったです。
和の色ですね。


桜吹雪のあとの道。


これはなんの木でしょう?
桜だったかな…

しっかり地面に根を張っているものの
足元を見ると
なんだか神様の足のように見えてしまう私です。


*****
神様って、それぞれいろんな捉え方があると思います。
私は、神様はどこにでも、存在しているのではないかと思います。


私のとって神様という存在は、
私たちを包んでくれている大気のようなものですし、
生きとし生けるもののすべての中にも存在しているように思います。


神様というと人間のような言葉なので、
大いなるものとか、
そういう意味合いが私にはしっくりきます。


そして、日頃の自分の行いや
人との接しかたのなかのすべてのことなかにも
大いなるものの作用は働いていて
神事のようにも思います。


そう気がついてから、日常の些細なことも
面倒だなとは思わなくなって、
ゆったりした気持ちになりました。


どの人にも辛いと思う経験はしたことがあると思うけど
それさえも生きていて
与えられているものだとしたら、
ちょっと楽になりませんか?


毎日、そうやって気持ちを整えて
過ごしていきたいなと思っています。


手放しとリセット


今日も桜をお届けします。
白い桜です。

太白(タイハク)という桜。
この桜は一重ですが、
とても大きくて大好きな花です。

サトザクラの栽培品種で、
花弁の長さは最大約3cm
英国で栽培しているものが日本に里帰りしたそうです。

大きな花なので、枝ぶりもしっかりしていますが、
それに反して優美な花が咲きます。


今年も観れてよかった!


こちらは、白妙(シロタエ)
こちらもサトザクラ軍の園芸品種で
大輪の八重の花です。

太白よりは小さめですが、
八重なので、華やかです。
真っ白な桜も綺麗ですね。


タイハクの蕾
光の色でほんの少し桜色に。
私たちの心もいろんな色に染まりやすいけれど、
いつも純白に戻れるようにしておきたいです。


*****
昨日、今日と製作しています。
毎回のことですが、
思っているより時間がかかります。
今日もこれだけしか進まなかった…
と、思うんだな…


それだけのことだけど、
無意識に自分を責めてない?


ここにも私のパターンが!
気がついたら、手放します!
デリート!


気がついたときが、タイミング!
最近は、無意識に思っていることが
どんどん表に浮かびやすくなっています。


ということは…
どんどん手放すチャンスが来ている、ということです。
喜ばしいことです。


きれいさっぱり、いらないものは手放しましょう。
この純白の桜のように。
過去の認識や感情などの色のついていない状態に
リセットして保つことを心がけましょう。







椅子になろう


先日、お客様にいただいた『今、ここ』というご本の
内容がとても心に響きましたので、抜粋させていただきます。


原田湛玄(はらだたんげん)(1924年、新潟県生まれ。当時十八歳で特攻隊志願。その後十年間、原田祖岳老師のもと発心寺で修行を続け、1955年、三十歳で現在の仏国寺の住職となり、以後50年以上にわたり、国内からはもちろん世界各国から修行者を広く受け入れて、真実の仏法を説き、坐禅指導を続けている)老師

以下、引用です。
*****
十八、九歳のころのことでございます。
私は、椅子になろうと決心したことがありました。

なぜかといいますと、
椅子は誰が座ろうとも拒むことをせず、
そして座る人を守って足を楽にさせ、
身体を守ってあげる。

そして用が済んで立ち上がってから
椅子にお礼をいう人はいない、
いたわりの言葉をかける人もいない、
そればかりかけとばしたりもする。

それでも、椅子は不平をいわず、
不満もいわず、
うらみももたずに、
なされるままになっている。

働くべきときは選り好みをせず、
いつも全力を尽くしている。

そういう心になれたらいいな、と思いましてね。

自分で大きな紙に”椅子になる”と書きましてね、
一日どれくらい椅子になれたか、
不平不満が少しでもおきたら、
椅子に恥ずかしい心境なんだと思いましてね。

いかにして人の役に立てるか、
椅子が人の上に腰掛けることはしませんからね。



いいところは、できるだけ人に譲ってあげようと思いました。
それが、不自然ではなく、
命から出てくる決意でしたから、
苦痛など何もなく、楽しかったですよ。


*****

中略


それからというもの、
今までとは違った明るい世界が広がりまして、
その後、一、二ヶ月は道ばたの石ころまでが光って、
親しい親しい命なんですね。
一緒に生きているという思いでいっぱいでした。


それから人とのカベがとれましてね、
まだ座禅など全然知らない時でしたが、
雀が鳴いても話ができるような、
分け隔てのない命が自分の世界になってきました。


中略

何もわからず、何も説明できないときに命のよろこびにふれ、
そのときから自分の人生は、ご恩返しをするのだと決意したのです。


折に触れて読み返しています。



信頼する


今朝もまた、公園のお花を探してあっちこっち
歩いたり走ったりしました。
土がふかふかしていました。


藪の中に咲いていた白い椿
美しかったです。


ところどころ、
土が盛り上がっているところもあって、
モグラがいるのね…


盛り上がっている土は、
地下にトンネルを作ったときに
余った土を外に出しているようです。


盛り土の上に石ころがあったので、
石にぶつかって出しているのかと思っていました。


モグラは、体重の半分くらいの量のミミズなどを
1日で食べるそうです。
庭に出てきたら、大変ですねえ…


桜の蕾も順調に膨らんできました。
コブシも咲いてきました。
この時期の植物の勢いが好きです。


*****
セッションを通して見ていると
みなさん素晴らしいポテンシャルをお持ちです。


なのに、ご本人はそれを自覚していないことが多いです。
どちらかというと、
ダメなところの方だけ
クローズアップしている人が多いです。


でも、どんなに優秀に見える人だって
全部が優秀なわけでもないのです。


ひとは良いところも悪いところもあって当然なのです。
バランスが取れている人は、
そこがあまり気になっていないし
まわりに振り回されることが少ないような気がします。


どの人もたいして違わないし
どの人もすごい可能性を秘めています。
そのことが信頼できるようになったら、
まわりのことが気にならないようになります。


心配から、「なんとかしてあげないと」は要りません。
頼まれたらしてあげればいいし、
できなくてもきっと他の人や他の方法が見つかるでしょう。


私の場合、息子が正社員になったときから、
朝寝坊して遅刻が続くと、不安になって、
つい声をかけて起こすようになってしまいました。
派遣社員のときは、全然気にならなかったのにです(笑)


でも、もう大人になった息子に
そういうことをするのは、いらないことだなと思って、
話してみたら、「いらない」とはっきり応えたので
話してみてよかったなと思いました。


起こされると余計に眠くなって二度寝して
遅刻してしまうそうです。


信頼して任せてから
自分もそのことで気が揉めないようになりました。


信頼する、これ大事ですね。
自分に対しても、
まわりに対しても。









環境の恩恵


今日は東京は朝起きたら10℃くらいありました。
風は冷たかったけれど、
確実に春めいてきています。
朝の散歩のとき、椿の花が綺麗でした。


昨日は1日、部屋の片付けをしたり
掃除をしたり、
うちの中に風を入れたりしました。


朝起きた時に、たまにですが、
なんとなく空気が濁っているような気がするときがあります。
そんなときは必ず風を部屋に入れるようにしています。


寝ている時に何かを発散しているのかもしれません。
ヒーリングしているときも
たまに匂いにとても敏感になることがあります。
人には気がつかないくらいの匂いですが
急に出てくるときがあります。


花のような匂いの時もありますが…
ヒーリングですから、大体はデトックスなので
古い倉庫を開けたような匂いとか
下水のような匂いとか…



何か古いものが解放されるとき
急に出てきて消えていきます。
どの人もではないです。
溜まっている場合です。



身体の中には、いろんな場所にデータが蓄積されていて、
もちろん身体の外側のオーラの部分にも溜まっていたり
何かが刺さっていたりすることもあります。
なんらかの感覚があるところを
手で触ると画像が見えたりすることもあります。


身体って不思議ですね。

*****


公園の菜の花です。
このレモンイエローの色
目の中に入り込んできます。



*****

1日、身体を動かして、掃除などの家事をしていると
だんだん幸福感が増してくることがあります。
感謝の気持ちのような。


私の場合は、身体を動かしているとき
ひらめきが起こってくることが多くて
だからなのかもしれません。


朝起きて、公園を走ったり散歩したりしているとき
落ち葉を踏みながら
自分も自然の一部だなと思うことも。


ふかふかの腐葉土のように、肉体がなくなっても
良い土壌になれたらいいなとか… 笑

何か一体感のような、
同じ成分でできているような
大地の感覚は、この肉体が知っているようです。


身体はそのことを知っていて
大地とつながっているから
幸せな気持ちになるのでしょうか?

何もなくても
ただ一輪の椿を見たり
菜の花を見たりするだけで
幸せな気持ちが広がります。
環境の恩恵を感じます。




心の目を開いて


先日、近くの公園に散歩に行きました。
冬の庭は、うちの庭も同じですが、
やはり花は少なくて、少し寂しい感じがしました。


その中で、目を引いたのが葉牡丹!
あーあの、お正月飾りについているキャベツ。
そういうイメージしか持っていなかった私…


でも、ちゃんと目を開いて見てみたら、
なんて美しいクリーム色!
まるでバラの花のようでした。
葉牡丹に、私を見て!と呼ばれているような気がしました。



こっちの葉っぱの端がカールした種類の葉牡丹の色もステキでした!
力強いフューシャピンク。
生命が輝いているようでした。


今まで私は葉牡丹に対して何を見ていたんだろう…


これは、どんなことにも共通しています。
無意識に今まで持っていた固定観念のままに
見て、感じて、行動してといると
なんだか変な方向へ行っちゃったなあと思うとき、
ありませんか?


今までの見かた、考えかた、行動のパターンだと
それ以上の発見や広がりは見つけられないとき
どうしますか?


それ以上のところへ到達したいなら、
今まで持っていた自分の観念が出てくるたびに
チェックしてみる必要があります。


*****

私のことですが、
セッションのときは、ちゃんと心の目をオープンにして
偏りなく観照しています。
その状態はとても心地よく、自由な自分がいます。


そのことができるようになったことは
私の人生の中でとても大きなことです。



能力とかではなく、自分を開いた状態で
人と接するということが、以前は怖かったからです。



普段は意識していないと、
その状態を閉じてしまう癖が
私の中にもまだあるなあと思うけど、
もうそれは手放していこうと思います。



その原因は、子供の頃に
思ったことをしゃべったり
自由にふるまったとき
必ずあとでたしなめられたり
周りから笑われることが多かったりで
それが嫌だったのです。



自分を衛るためには、
なるべく目立たないのが一番。
そう思っていました。



ずっとそう思っていた私ですが、
夫が大病にかかったときころから、
だんだん自分を開く方向へと自然に向けられました。



開かざるを得ないというような流れのなかで
ワクワク感と、なんだかなあ…という抵抗感の中を
行き来しつつ…移行していきました。


もう20年以上も前のことなので、
今から見たら、そのことでとても得ることが多かったと思えますが、
当時は、なんだかわからないけど、
その方向へ導かれたというしかない状況でした。



いつでも大事なときには
不思議と自分の心から湧いてくるものに従ったというのは、
私にとっては幸いなことでした。




自分の人生は自分が望む方向へ
心を開いて委ねていく
衛るという枠の中では、到達できない方向へ


そうすれば軸もぶれないで
自分にもまわりにも恩恵が行き渡ります。
そのように歩んでいきたいものですね。





幸せは状態



先日、20年ぶりにセッションに来ていただいたお客様、
最初にいらしたのは高校生でしたね…
2回目は20年後。


20年後にお目にかかれるなんて、
想像もしていなかったから、
なんだかとても嬉しかったです。
ありがとうございました!


あと、10年前にヒットして、
それから今回予約してくださったお客様も。


「絶妙なタイミングでモノゴトは起こってくる」
そう考えると、面白いですね…



すべてはベストなタイミングで起こります。
という設定にしたら?


焦る必要はないですよね?


*****

年末に出会ったルート・ブリュックの本

名前も知らなかったけど、
表紙を見ただけで「同じ星出身?」というくらい、
不思議にしっくりきました。


自分の基盤のようなものとの邂逅
確認してまた進んでいくタイミング


子供の頃に、トーベ・ヤンソンの
ムーミンのシリーズの本。
当時はアニメもなかったのに、
本能が知っているようでした。


例えば、今の環境
流れで、ここに住んでいます。
豊かな自然と、やりたいことができる環境で、
望んでいることが
できているといえばできているなあ…

渦中にあるといえばそうでもありますが
すべては渦中ですから。


その中で、がんばりながらもやれているのは
この場所だからという気がするのです。



「何を達成した」ではなく
自分の根本にある幸せの記憶が
再現している感覚。


単純に言えば、「好きだから」やっている。
そういう状態が、幸せや成功です。
結果ではないんですよね。


ここの区別ができていないと、
迷いの渦にはまってしまうことも…


何かを成し遂げたり、手に入れたり、評価されたりしても
すぐ次のものが気になったりしませんか?


たとえば、そこに調子の悪い人がいて、
たまたま私が居合わせたので
ヒーリングすること自体が好きなので、
ヒーリングしたら調子が良くなった!
としたら、それが幸せだなと思うように
どこにでもあるものだとしたら?


また、作りたいものを作るとき
難しさも苦労もあるけれど
頭の中にあるイメージを
この世界にあるもので形作るのが好きだから
そういうことをしている状態が幸せだと思うのです。


それは、人とくらべたりすることもなく、
純粋に、なんの考えもなく
やりたいからやっているのです。


みなさんは、そういう状態があるかどうか、
チェックしてみてください。
そして、もしないとしたら、
見つけようとしてみてください。


楽しいことをするのに
制限があったらはずしてください。
そして、日々の中で楽しいと思える時間を作ることを
日課にしてみてくださいね。






新しい設定をして


少しずつですが、
去年植えた球根から芽が出てきました!
今年はまだ雪が降っていないので、
寒いけれど、そんなに植物が痛んでなくて
このまま穏やかに冬が過ぎていってほしいなと思います。

*****

この2〜3日、PCの設定をし直して
やっと使えるようになりました!


長年使った私のPC
アップグレードしたら動作が遅くなり、
とても使いづらかったので、
ダウングレードしてみました。


それで、初期化されたので否応なしに
いろいろな設定をし直したり、
今までの使い方の見直したりすることになりました。


わからないことだらけだったので、
たくさんの人に助けていただいて
なんとかなりました。
ほんと、ありがたいことです。


以前は、頭が真っ白になって、
何をどうしたか
まったく覚えていないということが多々ありました。


今回は、何回か経験していたので、焦ることなく、
わからないことは質問したり、
手伝ったもらったりしながら、
なんとか終わせました。


アップグレードかダウングレードか新しいPCにするか…
そういう問題ではなく
今回はたくさんの人に助けてもらったことが
私にとっては、嬉しい経験でした。


他のことでもそうなのですが、
今まではぜんぶ丸投げするか、
ぜんぶ背負うかが、多かったかな…


何だか、この1〜2年は
学んだり、教えてもらいながらも、
自分ではまだできないことは、
人にお願いすることの判断がつくようになりました。


簡単に言えば、失敗するかどうかは置いといて、
「とにかく行動する」ことが、経験値になって
判断力が培っていきます。


人によっては当たり前のことかもしれませんが、
不安になったり、混乱しているときに
人にどう説明していいか、わからかったのです。
これは、私の実家の家族もそうだったようです。


わかるまで説明したり、
質問していけるようになったのは、
この2〜3年のことです。
そういうパターンが抜けてくると
自分という存在を
もっと大事に扱えるようになります。


今年はもっともっと
自分でないとできないことで
人に貢献したり共有したいです。
そして、さらに邁進していきたいです。


*****
彫金をしているときに
火を使っているときや
むずかしいことをはじめてやるとき、
手の動きとか、姿勢とか、
大体の場合、すごく緊張してしまっている、
自分の動きにまったく気づいていませんでした。


そういうときは、ちょこちょこした動きになってしまっていたり、
動かしているときに
人差指を添えて動きを止めていたりしています。
それは良い動き、疲れなくて効率の良い動きではありません。


先生に指摘されてから
初めて気がつきました。
やっぱり第三者に見てもらうのって、
大事ですね。


パターンにはまっているときほど
客観的な視座が持てなくて
過集中していたりします。




もっと、大きく動いて
もっと方の力を抜いてと
いつもいわれていて、
ときに動画を撮って見せてもらったりして、
やっと自分で確認できました。


そして意識して少しずつ直していくようにして
やっとこのところ新しいやり方に変わっていきました。
これも新しい設定ですね 笑


身体の使い方や習慣は
設定が変わるのに、ある程度時間がかかります。


最近は、丹田のあたりからの動きに変わってきました。
そうすると、気持ちがいいし、
長時間作業していても疲れ無くなりました。


「失敗しないように」が強かったのが、
気楽に大胆にできるようになってきたら、
動きやリズム感や、流れが出てきました。



先生をはじめ、たくさんの方に教えてもらったことは
自分の土台作りに欠かせなかったなと思います。


これを書いているのは、
彫金だけのことではなく
たとえとして、自分の古い習慣からの
抜け出しかたとして
どんなことにも通用するものです。


気がついて、何回も何回も望んでいる方向へ
あきらめないでやっていけば、
怖さがなくなってきます。


人にはいろいろ苦手なことがありますが、
怖がってやらないと、
いつまでたっても
その壁を乗り越えられません。


「苦手だ、大変だ、だからやる!」になると
面白くなってくるものですよ。









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