決意する


先日の「エッセンスに触れるWS」から、
新しいスケッチブックになりました。
私の場合、だいたい1年で使い終わります。
以前はボードに貼っていたのですが、
大きな袋に入れっぱなしになっていました。
スケッチブックだと保管がしやすいし、
ちょこちょこ見直せるので、いいです。


白いのは、漫画を描く人のためのネタ帳です。
私は、無地のノートがすきなので、
2年前からこのノートをつかって、
毎日ではないですが、
思ったこと、気がついたこと
アイデアスケッチとか
TO DO リストのように使っています。


厚みがあるので持ち運びはしないのですが、
このノートに書くことによって、
頭の中がずいぶん整理されたり
感情も整理されたり助けられています。



こちらは古いノート。
よく使いました(笑)
今日から新しいノートに❤️



最近は、新月、満月とかいろいろな区切りを
自分の感覚の区切りに変えました。


なんとなく、今、とか。
そういう方が、もともとの自分にはあっているような気がします。


人によっていろいろで良いと思います。
なにがしっくりくるのか、
それが自分なりにわかっていれば、
そのやり方で良いのだと思います。


今月はリニューアル感が強いですね。
今月というよりは今年なのかもしれませんが…


新しいノートに
自分の決意を書いてみます。


決意というと大袈裟かもしれませんが、
何を選択して
どのようにこうどうしていくのか
それを鮮やかにしていくことが
今はとても大切な気がします。


どんな状況であっても
その決意のもとに
自分はそうなることを選んで行動していけば
状況が問題ではなく
その決意に見合ったものに出会うことが増えてきます。


だから、無地のノートに書くときは、
まず、自分がどうしていきたいのか、
どうなりたいのか、
決意を最初に書いてみたいと思いました。






流れの加速感


公園のサルスベリが咲き始めました。
サルスベリの花を見ると、夏だなと思います。
去年引っ越してきてから、もう直ぐ1年になります。


こちらはシマサルスベリの樹。
台湾や奄美諸島などの亜熱帯に分布するサルスベリの仲間です。
公園には、このサルスベリの巨木が何本もあります。
大好きな木。

普通のサルスベリよりは地味な白い花が咲きますが
爽やかな香りがする花です。
大木の中にすっぽり入ると、
ふわっと包まれている感じがします。
天然のフラワーエッセンスですね。
深呼吸します。




大きくて全体像が撮れないのですが、
木の周りは草が生えてないので、
大きさがなんとなくわかるかしら?
20Mはありそうです。




根っこに樹の皮が剥がれ落ちています。
ツルが巻きつかないために
つるつるしているという説もあるようですね。
たしかに南方の植物はツルっぽいものが多いですから。



近くの農園の栗にもう実が付いていました。
綺麗な形と色。
私はこういう形がすきなんだなと
いつも思います(笑)




さて、このところの急な流れに
自分自身が戸惑いつつも
その流れに乗っていけばいいんだなと
心の深いところではわかっていたりします。


以前とのスピード感の違いに
自分でもまだ馴染まない感じがしたりします。


同じような感じで思い出すのは、
透視を習いだした頃、
企業のデザイン契約の仕事が
1週間でなくなったことがありました。
あのときは、どうなるのかなあと
暗澹たる気持ちになりました(笑)


ちょうど夫も仕事をしていないときで
二人で高尾山でおみくじを引いたら
人生初の凶!
それも二人とも!
今となっては笑えますが、
人生における転換期のときには
そうしたことも起こるものです。


透視の1年間のクラスのときに
アメリカ人の先生が
メガネについたホコリが綺麗になるには
1年間はかかるとおっしゃっていたけど、
メガネを磨き始めたら
いろんなものが見えてきて
見たくなかったものまで見えてきた
ということもありましたっけ(笑)



でもいい面の方が多かったし
現状が鮮明になると
物事が具体的になったり
自分の価値判断がはっきりしてきました。



物事がさらにクリアに見えてくると
瞬間に生きることが増えてきます。



今、同じような経験をされていらっしゃる方も
多いのではないでしょうか?


私たちは自分の真実に向き合ったとき
自分自身と出会います。
本来の、唯一無二のユニークな自分。
独自の生き方、考え方、表現…
その自分に出会う人が増えています。
私も透視を学んで、オーラを読むことや
ヒーリングをすることで
本来の自分に出会えました。
それは一生の財産だと思います。


それまでは、思っていたことも
言わないでいた方がいいかなと
黙っていることが多かったりしたけど、
言うことが、人のためになったり
自分を表現することの許可になったことは大きかったですね。



そうなってくると
今まで維持していたもの
慣れ親しんでいた
ものとか、習慣とか、人間関係とか
急激に見直しを迫られることも起こることがあります。
それが、心の痛手のように感じられたりします。



また、これから先の予感はあっても
まだはっきりと道が見えないとき
手探りで道を歩んでいるとき


それは、自分を回復しているプロセスが
進行しているのですが
むしろ逆行しているように感じたりもします。



そういうとき、一時的な喪失感を感じたり
今までの(古い)自分は悲しい気持ちになったり
新しく成長している自分を発見したり
複雑な思いにかられたりします。


だけど、心配しないで、
自分を信頼して、
思った方向へ進み続けていけば大丈夫です。
と、昔の自分に励ましてあげたいです。
今の自分があるから。


こういうことを書きたくなったのは、
今もまた、そういう階段を
一段登っていくときなのかもしれません。


みなさん、未来の自分を信じで
流れを加速して進んでみてくださいね。
きっと大丈夫だから。



草間弥生さんの言葉




いつもは励まされます!
草間弥生さんのメッセージ
美術手帖の草間弥生さんの特集から




私は芸術家として70年以上も作品をつくり続けて

毎日生命の尊さを祈り続けて参りました。

私の心が沈んだときや、

希望が薄れたとき、

悲しみのとき、

いつも私を支え救ってくれたのは、

私の芸術家としての強い生命の輝き、

それにより力を持って生き続けてきました。

それらの力こそ私の人間としての信念でありました。

人生の浮き沈みの中に、

いつも志を強く持って生きてきた

今日に至るまでの人生の歩み、

それらの人生路の長かりし日々を私は真剣に、

そして命がけで過ごしてきたことを、

心から誇りを持って今日まで生きてきました。

芸術家としての心構えが私の一生を支えてきました。




”芸術の創造は孤高の営みだ”





それは世界の人たちと感動を共にするために

命を賭して成し遂げるものです。

私のメッセージとしてこの信念を

世界の人々に伝えたい。


死ぬまで闘い続けます。私が死んだあとも皆さん、

どうぞ私の創造への意欲、

芸術への希望と私の情熱を忘れず、

永遠に私の心を受け継いでいただけたら

これに勝る喜びはありません。

多くの若い人やこれからの世界をつくっていく方々が

何か精神的な悩み、

そして人生に対する悩み、

そういったものがあったときに、

私の生きてきた道のりや

私の芸術の素晴らしさによって、

私が唱えてきた世界観と思想を乗り越え、

偉大なる世界をつくられていくことが

絶大なる望みでもあります。

心より願っております。






これとは直接関係ないですが、
もうずいぶん前にオーラリーディングでいらっしゃった
70代くらいの女性の言葉を時々思い出します。


経済的に困窮しているわけではないけど
丈夫な身体なので、家でじっとしているよりは
働いているほうが心身ともにスッキリするので
クリーニング工場で働かれているというお話を伺いました。


その頃は40代初めのころだったので、
70代になってまで働かなくても
もっとゆっくりされてもいいのではと
心の中で思いました。


でも、実際に年を重ねていくにつれて、
健康であれば、少しでも心も頭も身体もつかって
多少でも人々の役に立てることができるということは
すごく幸せなのだと思うようになりました。


芸術などの特別なことでなくても
いくつになっても
その人が持っている持ち味を
活かせる社会になっていってほしいなと心から思います。





自分を育む鍵とは


引っ越ししてからもう直ぐ1年になろうとしています。
こちらは今朝の庭です。


こちらは、引っ越し当時の庭です。
草ぼうぼうで、
大きな木はつる性の植物に覆われていて
虫がいっぱいついていました。

椿の葉っぱも虫食いだらけで
花は数えるほどでしたが、
先ほど見たら、来年の花芽がいっぱいついていました!



草を取って耕して、
堆肥などを入れて土壌を改善していた頃の写真。





菜の花を植えました。


満開で背の高さくらいになって咲いている菜の花です。


ふきのとうが出て
蕗味噌を作ったり、てんぷらにしました。


前のうちから持ってきたすずらんも地植えにしたら
花が咲きました。



ラディッシュを植えてみました。
かわいいですね。






秋に植えた球根や、花の苗が咲いて賑やかだった春


1年の変化ってすごいですね。
見える形はわかりやすいけれど
見えないところでもいろいろ変化はしています。


セッションルームのエネルギーも定着したようです。
いらっしゃる方も増えてきました。


こうやって写真で見ると
すごく変化しているのがわかりますが、
これはやりたくてやっていたら
こういう形になっただけで
努力してとか、庭をデザインして、はないです。


ただ、楽しくて、やっているうちに
庭が彩りの豊かで
野菜も採れるようになってきました。


「楽にやる」
「楽しくやる」
「自分にやさしくする」
「易しいことをする」

というのが、自分を育む鍵だと思います。


私は彫金をやっていますが、
こうやってやろうと思って、
削ったりしていると
必ず肩に力が入って
息を詰めてしまっています。


そして削りすぎたり、
凸凹になってしまったりします。


それよりも、正しい姿勢でリズミカルに
規則正しく腕を動かしているほうが
疲れないでうまくいきます。


うまくいかないときもいっぱいあるし
いっぱい失敗もしているけど
成長というのは、「三歩進んで二歩戻る」ような
リズム運動と捉えればよいかと思います。



うまくいかないときもあるけど
いつも書いていますが、
そういうときでも休まずに
自分のやることを淡々とやっていきましょう。


動きながら自分を調整していたり
休ませていたりすることに気がつきます。
ゆっくり気楽に
楽しくすることで、
心が軽くなってきます。


庭からの恵みは大地からのプレゼント。
毎日、発見があって
収穫も出来たりするなんて
なんてうれしいことなんでしょう。


自分を育んでいけば
宇宙や地球からの贈り物があったり
思いがけない助けの手が伸びてきたりするかもですよ。








豊かさを信頼する


今年から小さな畑を作っています。
こちらは落花生の花です。
初めて見ました。かわいい花です。
この花から蔓が伸びて地下で実をつけるそうです。



こちらは枝豆の花。
小さいけど、やっぱり豆科の花の形をしているんですね。



花から小さなサヤができてきました。
初めてなので、
ネットを見ながらなので、
どうなんだろう?と少し不安に思いつつ。

やってみるしかないですよね。
土を盛ってあげる時期を
早くすればよかったかなとか、
そのうちにわかってくるわけですが。



こちらは、ルッコラの畑の近くに
冬の間ずっと咲いていた
「カレンデュラ冬知らず」という種類の花の
こぼれ種から出てきた花です。

可憐なかわいい花です。
最初は草かと思って抜いていたのですが、
抜き忘れていたのから蕾が開いて
なんてかわいい!と嬉しくなりました。

畑の周りや中に花があると、
なんだか嬉しい気分になります。



ここは宝の山のような庭です。
前に住んでいらっしゃった方が植えられた
青じそと赤紫蘇
たくさんいろんなところから出てきます。

春にはふきのとう。
蕗もたくさんいただきました。
新鮮な旬のものが庭にあるなんて、
豊かで幸せなことですね。



鬼百合が至るいたるところからニョキニョキ出てきました。
最初は、斑点に驚いたけど、
これはこれで、不思議にかわいいです。



玄関のあたり、鬼百合だらけ。
他にもヒメヒオウギズイセンという、
オレンジの花もいっぱい出てきました。
夏らしい色です。



こちらはランタナ。
うちに入る階段の脇に雑草かと思っていたら
今日、花を咲かせていました。

今までは、雑草だと思って
伸びたら刈っていたんだけど
かわいい花を咲かせていて、びっくり。
前のうちでもランタナを植えたことがあったのですが、
日当たりが悪くて枯れました。
太陽の力ってすごいですね。


一週間も放っておくと、
草ぼうぼうになってしまうので、
毎日少しずつ目立つところは抜いています。

裸足にならなくても、素手て土に触れていると
手からいらないものが放電されていき
すっきり、元気になっていきます。

いったい土の中には
どのくらいの種が入っているんだろう…
時期が来たら、
その時期の植物が出てきます。


庭仕事をしているとき、
茶色いトカゲがちょろちょろしていたり
蝶やバッタがいたり、
鳥が来たり、にぎやかです。


この前の満月の時には、
植え込みに2m近いアオダイショウの抜け殻が!
これには驚きました!
都内とは思えない(笑)


田舎育ちなので
もっと緑の多いところに住みたいなと前々から思っていて、
それは田舎に行かないといけないのかなと思っていたけど、
意外にも、願っている通りの場所が見つかるものですね。
願った方がいいです。



さて、自分人と比較して惨めだと思うひと
そこには「不足している」という想いがありませんか?
そうして、限られた資源をやりくりすること
それ自体は悪くはないですが、
その時に気をつけないといけないのは、
自分を出し惜しみすることです。


それは、物事の流れをせき止めることにつながります。
もっともっと大胆に、自由に、
自分を出していくことは、
自分にとっても他の人たちにとっても
恩恵になるのではないでしょうか。


欲しいものが手に入らないって
思ってもいないときのほうが、
かえって、与えられているものに気がついたりします。


自然の中の、鳥も虫も、
自然に生かされているように
私たちも豊かさを信頼していけば、
今豊かに与えられているものに気がつきます。

物事をコントロールしたり
しがみついたりしなくても大丈夫だと気がつくまでには
時間がかかることもありますが、
でも守りの態勢から、
すこしずつでも自分を解放して出していくと
あらゆるところからの豊かさに
出会えるようになると思います。




夕暮れの散歩


このところ、日が暮れるのが遅くなったので、
夕暮れの散歩が気持ちいいです。


こちらは大きなひまわり。
もう種になりそうなくらいですが、
なんだかとてもかわいらしい。
植物というよりは何かの生き物的な感じでした(笑)


最近よく直売所で矮性のひまわりが売っていたり、
畑の周りにひまわりが咲いていたり、
今年はよくひまわりを見かけます。


うちの庭にも鳥にひまわりの種をあげていますが、
そのせいか、ひまわりの種からひまわりが育っています。




モニュメントのようにも見える水飲み場。



大好きなヒマラヤスギの木
大きすぎて全体像が写せないのですが、
樹の精みたいですね。




そらがきれい!


このところ、忙しくて、ヘロヘロになってしまうこともあって
そういう時は、庭に出て、草を引いてみたり
水やりをしたり、散歩したりします。
そういうちょっとしたことで、
また元気を回復するので、
自然の力、大地の力から、
私はずいぶん元気をもらっているような気がします。


駅から遠いので、いつも自転車に乗っていますが、
雨が降ったら往復4キロ自宅まで歩くし
台東区方面まで片道1時間。
そして5〜6件回って半日。
どれくらい歩いているんだろう。
素材を探したり、
鋳造に出したり、
やることが多くなってきました。
その分、外に出ると発見も多いですが。


家や庭が広くなった分
家事も掃除も満足いくまではできなくて
もやもやバタバタしています(笑)



良かったことは、体脂肪や体重が激減したこと。
20代や30代前半くらいに戻って、
きれなかった服が着れるようになりました。



本当はもうちょっとゆっくりしたいんだけどなあと思いながら
今は生活や仕事の配分など
いろいろ変化の時期なので、
もうちょっとがんばろうと思います。
この土地にもだいぶ慣れてきました。
もう直ぐ1年。



気分的にも体力的にも追いつかなくなった時は、
その気持ちをノートに書いたりします。
大抵、イベントや展示の前に
何か十分ではないような気になっていて
焦ってしまう癖があるみたいですね。


また出てきたか…と思いながら、
自分の中に住んでいる完璧主義者を眺めています。
だんだん減ってきたのは、
毎月展示をするようになってきて、
そんなことにかまっていられなくなってきたからかもしれません。


とにかく手を動かすこと。
ブログを書くようになったのも、
半分は自分を励ますためでもあります(笑)


書いていると、自分が自分を批判したり
十分ではないと思っていたりに気がついて、
そんなものは、たんなるガラクタのようなもの
と気がつきました。



自分に向かうことを続ければ、
疲れていようと、
イライラしていようと、
もやもやしていようと、
そんなことは関係ないのです。


そのあとで、
また一段ステップが待っていることに
気がつきます。


そうやって少しずつ自分が変化していること
自分のより深いところとつながっていくこと
明確に自分の感覚を育んでいることを自覚しながら
未知なる道へ
一歩一歩進んでいきたいと思っています。

花のように


こちらは、近所の農家さんで売っていた花。
百日草が、こんなにかわいいとは知らなかった!
なんとも色合いや、雄しべや雌しべと花びらの組み合わせが
かわいいですね。

花を見るといつも元気になるので、
公園を歩いているときも
こまかく見ています。


私も人間なので、
たまには凹んだり、落ち込んだり、
怒ったり、イライラしたり
不安でいっぱいになったりします。


そんなときは、短時間でも
花を眺めていると
今、ここに集中できて
安心感を取り戻して
平常心に戻ります。


花を見ることはちょっとした私の楽しみ。


だから、毎日庭に出ると
疲れていても、そのときは疲れを忘れるんです。


以前に、「至福について」というブログを書きました。


辛いときとか、疲れているとき
ある瞬間に、まったくその感覚がなくなることを
しばしば体験するようになりました。


私の場合は、
植物を細かく見たり、触ったりするとき
樹々の中を歩いているとき
しばし一体感を感じて
今までの感覚が
まったく違うものに変わってしまうことがあります。


小さな花に想いを馳せたり
細部を見たりすることは
なぜか癒しにつながります。


細かく見ることは
無心で瞬間に入っていくこと。
そういうとき
直感的な言葉を正確に聞き取ることができるし
無意識的に養っているような気がします。




今が大変な状況の人は
気持ちをつらいことに向け続けないで
気持ちを切り替えて
気分良くなることを探して
少しでもやれるように心がけてください。


話は変わりますが、私は
1日で散ってしまうような儚い花も好きです。
石も同じで、
好きな石に脆いものが多いのは
どうしてなんだろう
と考えることもあります。
ある意味、
自分の本質に近いのかもしれません。



以前、石について学んでいたときに
先生が、石の最終形は
砂漠と話されていたことを
今でもときどき思い出します。


砂漠の砂は、風に舞いながら
自由に飛んでいけます。
土の中で何億年、何百億年と
結晶してきたものの最終形は
自由に風に舞う砂
と考えると、すごく開放的な気分になりませんか。


砂漠の砂のような細かい細かい石でも
もしかしたら、顕微鏡で見たら
とても美しい形をしているのかもしれないですよね。



花も、石も、壊れることなど厭わない
というか、どの状態でもありのままです。
枯れること、壊れることを嫌がるのは
もしかしたら自分がどんな状態でも
安全だと思えないからではないでしょうか。






うちの庭に咲き始めた芙蓉の花。
去年引っ越してきたときに
草ぼうぼうだった庭に唯一咲いていた花です。
毎日ひと枝切って
一輪挿しに活けていました。

今年も咲いてくれた。
いっぱい蕾がついています。
引っ越しの期間は家もごちゃごちゃしているし
近くもよくわからないから
落ち着かないのですが、
この花があるだけで
なんとなく気持ちが落ち着いて
ゆったりした覚えがあります。
今年も咲いてくれてありがとう!




ピンボケですが、
この花の形なんともかわいくて好きです。
名前を調べてみよう。


最近は写真をアップすると
名前を教えてくれるサイトがあるから
便利ですね。

みんなの花図鑑



アキレア・ノブレッサでした。



こちらも名前はわからないのですが。
鮮やかなマゼンタの花。
夏は、鮮やかな色に惹かれますね。

調べたら、ミソハギでした。


オレンジの花は、うちの庭にも
いっぱい咲き始めました。
名前はヒメヒオウギズイセン
別名モントブレチアというそうです。



かわいい花
ダリアです。
明るくて、あたたかくて、
咲きたてのような花ではなかったけど
こんな人になりたいなと思いました。




身体を動かすことについて


昨日から、朝公園内を走ることを再開しました。
このところ、すごく忙しくて
いつもバタバタしていたのと
膝を怪我していたので2ヶ月くらい走っていませんでした。


今週、「あ、もうすぐ電池切れだ!」と
ふと感じました。


季節の移り変わりを楽しめない、
そうなったときは、
私にとってはやりすぎになっているので、
やることはやらなければならないけど
うまく楽しむことや充電することを
入れていきたいものですね。


やりたいことを我慢したり
あきらめたりしていると
心身ともに擦り切れてしまいます。


忙しいからこそ、ちょっとした時間でも
自分の好きなことを毎日ちょこっとする。
そう決めたら、その時間ができるものですよ。


朝走るのだって、30分もあれば
シャワーを浴びて終えることができます。

実際にやってみると、頭で思っているほど
そんなに大変ではなくて
むしろ簡単で楽しいものです。


忙しいからとか…
お金がないからとか…
才能があったら…
もっとこうだったら…
もう年だから…

「言い訳をして、したいことをするのとあきらめる。」


自分のしたいことをわかっているのに
行動に移すことができない人は
実際にはとても多いように思います。


行動することは、自分の身体を使うこととつながっています。


だとしたら、動きたくても動けない人は
準備期間として、または充電期間として
身体を動かしたらどうでしょうか?






今日は、良いお天気で、
木漏れ日が美しかったです。
木陰を走ると気持ちが良くて
森林浴にもなりますね。


今日はどの道を走ろうか?
直感の赴くままに走っていると
必ず何かを発見します。


朝のこの時間は、
感覚を磨く良い機会になっています。

木や花や土の香り、感触
五感から受けるものから
ひらめきが降りてきます。


また、朝日を浴びることによって
脳内物質のセロトニンがでやすいそうです。


花の時期は過ぎて、今は木々がぐんぐん成長しています。
朝のこの時間は、人も少なくて
とても気持ちが良いです。


ところどころに紫陽花が咲いていました。


これは、ニッコウキスゲかな?
初夏ですね。

夜遅くまで起きていたり、
身体がだるいときも
ゆっくり走っていると
身体が自然に調整されていくようです。


リズミカルな動きは、気分も上がりますね。
私は歩くより走る方が、
ナチュラルハイになるような気がします。


たまに友人や家族と散歩するときは
もっぱら会話することがメインになりますが、
一人のときは走っています。


オーラを見ていても、
下半身のエネルギーが滞っている人は
なかなか行動に移せない場合が多いです。


運動を定期的にしている人は
オーラの第3層までは他の人に比べると格段に綺麗です。
第3層あたりまでは、現実的な要素がかなり出ているので、
そこまでが綺麗な人は
あまり悩んでいなかったり、
健康な人が多いです。



フットワークを軽くするとはよく言ったものですね。
行動する準備段階として
走ったり、運動したりすること
心身ともに良い準備期間となります。

上手に空き時間を見つけて
楽しいことを毎日取り入れましょう!


一番の解毒とは





梅雨入りしたというのに、
なかなか雨が降らなかったけど
今日は降ったり止んだりの日でした。


傘をさして駅まで歩いていきながら、
紫陽花の花を見て
紫陽花は雨の中で見るとき
一番活き活きしているなと思いました。


仕事から帰る途中、公園の中に入ると
ひんやりした湿った木の香りがします。
空には陽が差しているのに
急に降ったり止んだり。


虹は見えるのかなと、度々振り返っても
今日は見えませんでした。




今日は、解毒(デトックス)について。
一番のデトックスは、なんといっても
自分を大切に、大事にすることです。


結果、名声、評価、成績…
なぜこんなにも執着するのでしょう?


それは生きることの副産物のようなもので
確かに必要ではあります。
でも、あまりにそれにとらわれてしまうと
将来の心配につながっていきます。


活き活きと生きること
それだけで大丈夫なのです。
それが本当にそうだなと
少しずつ実感してきたこの頃です。



好きなことをやっていたら、いつのまにか、
売れることのためになっていたり
評価を得るためにすり替わってしまっていたりする。
そんな経験をしたことがありますか?



私は企業のデザインの仕事をしていたとき
企画が通ることに夢中になってしまってというか、
それが続かないと契約が切れてしまうというのがあって
売れた売れないで、一喜一憂したり
長い時間をかけて積み上げていくよりは
パッとわかりやすく目立つものを作るとか
それは楽しいこともあるけれど
流行しているものを
切り取ることばかりで
どうなんだろうと思うことも多かったです。


一つの企画が通って形になっても
またスタートラインに立って
次の目標に立ってという
エンドレスな競争。
また、評価というのも
人それぞれ、会社やお店、それぞれ、
それに合わせていたら
自分が何をしたいのかが
わからなくなってしまいます。




そういうことを続けていくと
つるの千羽織のように
心はだんだん擦り減っていきます。




そして、絶え間ない欠乏感
私はダメだという自己否定
評価を求めれば求めるほど
こういうものも増えてくるわけです。



だから、もっとやらなければならない
いつも今のことよりも先のことを心配して
何をしても、まだ足りないという思い。



こういう思いは、
なかなか自分で気がつかないのです。
人によっては
ちいさなころから染み込んでいて
もともとの自分と思い込んでしまっています。


でも、これって本当に自分のものなのでしょうか?
自問自答してみてください。
それができない場合は
デスティネーションで聞いていくのも
効果があると思います。


そして、こういう思いを解毒するのに
一番かんたんで早いのは
自分を大切にすること
自分を大事に育てていくこと
励ましていくことです。


少しずつでもやっていくと
あるときに、変わったなと
自分でもわかるときがあります。


好きなことのための時間をとったり
ゆっくり深く考えたり
長期的に見て、自分のためになることを
少しずつやっていくことは
自分を育むことになっていきます。


そうすると、いつの間にか、
自分の中から
とげとげしさが抜けていたり
まわりにも優しくすることが
できるようになっていたり
自分が変わったのが気がつくでしょう。
それが自信につながっていくのです。














やりたいことは毎日少しでも

あっという間に時間が過ぎていく中で
今年は製作の方が忙しくて
いつも追われている感じがします。
が、それを客観的に見れているから
いいとします。(笑)




私は余白を作れているのかな?
今年1年の初めにそう決めたはずなんだけど。
今年初めに書いたブログを読み返してみました。


*******************


好きなものってずっと変わらないですね。
よく考えられていて、機能的で美しいものが好きです。
自分の本質にもつながっているからなのだと思いますが、
今年もやっぱりこの方向性は変わらずに
自分の表現したいものを表出して
それで貢献できたらと思っています。



またセッションやワークショップを通して
自分の本質を輝かせるお手伝いをすることも
私にとっては同じようにとても嬉しいことです。



今年は「余白を作りたい」と思っています。
創造するために。
よく考えるために。
面白そうなものがあればそっちに向かっていけるように。
余白があれば、そういうことができるから。



余白を作るにはどうすればいいのかな
なにを減らせばいいのかな
それを考えることで
自分のやることもはっきりするのではないかと思います。



引っ越して庭が広くなって
少しずつ種を蒔いたり
花を植えたりしていますが
全体には余白な部分がかなりあって
それが楽しみだったりもします。
想像は創造になっていきますから。




***************

こうやって振り返ってみると
やりたいことはやれているので
ブレてはいないんだなと確認しました。

ただ、少し量が多いだけ。
でも今は種まきの時期と考えて
もっと自分が望む方向へ進むために
やるべきことをやっていこうとしています。
動いているのも好きですから。



新しい環境になると、新しいチャレンジの機会も増えて
忙しかったり、不安もあったりは、当然あるものです。
だけど、やりながら慣れるしかないです。



今年は実践しながら学ぶことが
以前より格段に増えました。
人によって違いますが
私の場合は、作業をするということが
時間をかけて、見ること、考えることに
つながっていき
流れに乗っていくようです。



手を動かしていても
漫然とやっているわけではなく
いろんな角度から、確認して
頭の中の形に近づけるには
どうすればいいのか、
実際に測ってみたりということもやりながらです。



右手を動かしながら
左手をどう動かせばいいのか、
姿勢や角度、
ただやっているだけではなく
その瞬間に入り込んでやっているのは
一種の瞑想に近いです。


自分の中にある直感を
正確にこの世界に出してあげるために
すでにある形を思い出しながら。
形にすることは、曖昧な部分も明確になり
それを見ることで、自分の内側も明確になっていきます。



だから、何をするにしても
まず繰り返し
手順を踏みながら
手を抜かないで
失敗も含みながら
やっていくうちに
必ずものになっていきます。



それは、水晶洞窟のように
土の中のような見えないところで
少しずつ育っているもので
発見されるのを待っているのです。



皆さんも自分のやりかた、方法を見つけてください。
それぞれ、違うとは思うけど
やっぱりやってみないとわからないものです。
これだなと思ったら
それを信じて
その中に入っていってください。


それは自分とつながること
自分を信じること
自分を大事にすることになります。




新しい出会いや新しいチャレンジは、
扉が開いたような感覚で
最初は戸惑いあると思いますが
毎日少しでもやり続けていって
慣れてくると、だんだん楽しくなってきます。



彫金するスペースをリビングに移したのは正解で
ちょっとの合間に削ったり、作業したりしています。
量をこなして慣れていくしかないので
少しずつでも毎日やっていると
感が鈍らなくなります。
これは、何にでも当てはまりますね。



ひらめきとかインスピレーションは
パッと出てくるものと思いがちですが、
繰り返し考えたり、
作業をしているうちに
出てくるものだなと実感しました。





毎日やっていないと
やる時に構えてしまったり
おっくうになってしまいます。


日常、ちょこちょことやっていくうちに
少しずつ形になったり
上達したりします。


まるで結晶のように
核となるもののまわりに
少しずつ、少しずつ
育っていくように。






あと、オススメなのは
できれば1日15分時間をとって
なんでもいいから、書くこと。


これをやりだしてから、
頭の中がかなり整理できるようになりました。
客観的に自分を見ることができるし
対策を考えたりすることもできてくると
前向きになります。


やることが多い時は
焦ってしまって
どこから手をつけていいかわからなったり
気分も沈んでしまいがちです。


でも、少しずつでもアウトプットしていけば
いつかはできあがったり
思うような方向にたどり着けるのです。



書くことは、その日によって、
やることを書いたりする時もあるし
今の自分の気持ちを書いたりすることもあります。
ふとひらめいたアイデアを書き留めておいたり
デザイン画を描いたりすることもあります。



コラージュも同じで、
以前のを時々見直してみると
流れがわかったり
何年か前に貼ったものが
まさに今起こっているなあと
驚いたりすることもあります。


記録することは
直感を拾いあげることだなと思います。








話は変わりますが、
5月に九州に行きました。
夫の実家に帰省して
家族で旅行に出かけました。
久しぶりの再会、
楽しかったです。


こうやって違う場所にいくと
気分もリセットされますね。



初夏のお天気でした。



アザミや木苺、すいかずら、野ばら、いろんな花が咲いていました。





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