椅子になろう


先日、お客様にいただいた『今、ここ』というご本の
内容がとても心に響きましたので、抜粋させていただきます。


原田湛玄(はらだたんげん)(1924年、新潟県生まれ。当時十八歳で特攻隊志願。その後十年間、原田祖岳老師のもと発心寺で修行を続け、1955年、三十歳で現在の仏国寺の住職となり、以後50年以上にわたり、国内からはもちろん世界各国から修行者を広く受け入れて、真実の仏法を説き、坐禅指導を続けている)老師

以下、引用です。
*****
十八、九歳のころのことでございます。
私は、椅子になろうと決心したことがありました。

なぜかといいますと、
椅子は誰が座ろうとも拒むことをせず、
そして座る人を守って足を楽にさせ、
身体を守ってあげる。

そして用が済んで立ち上がってから
椅子にお礼をいう人はいない、
いたわりの言葉をかける人もいない、
そればかりかけとばしたりもする。

それでも、椅子は不平をいわず、
不満もいわず、
うらみももたずに、
なされるままになっている。

働くべきときは選り好みをせず、
いつも全力を尽くしている。

そういう心になれたらいいな、と思いましてね。

自分で大きな紙に”椅子になる”と書きましてね、
一日どれくらい椅子になれたか、
不平不満が少しでもおきたら、
椅子に恥ずかしい心境なんだと思いましてね。

いかにして人の役に立てるか、
椅子が人の上に腰掛けることはしませんからね。



いいところは、できるだけ人に譲ってあげようと思いました。
それが、不自然ではなく、
命から出てくる決意でしたから、
苦痛など何もなく、楽しかったですよ。


*****

中略


それからというもの、
今までとは違った明るい世界が広がりまして、
その後、一、二ヶ月は道ばたの石ころまでが光って、
親しい親しい命なんですね。
一緒に生きているという思いでいっぱいでした。


それから人とのカベがとれましてね、
まだ座禅など全然知らない時でしたが、
雀が鳴いても話ができるような、
分け隔てのない命が自分の世界になってきました。


中略

何もわからず、何も説明できないときに命のよろこびにふれ、
そのときから自分の人生は、ご恩返しをするのだと決意したのです。


折に触れて読み返しています。



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