LOVE

VINA AMUU COLLECTION
5月21日〜24日開催します。
今回のテーマはLOVE。


LOVE


広々としたどこまでも限りのない世界に
私は独りで佇んでいる

私はそこにいて
何も不足がない
何も怖くない
何も寂しくない

私はただそこにいる
広々とした丘に
遥かに見渡すと
遠くに雪をかぶった山々が見え
空はどこまでも青く透き通っている

私は世界とつながっていて
私の心に世界が映り
世界に私の心が映っている

世界に満ちている光
全宇宙に存在するいのちの力

すべてのかたちあるものは愛から生まれ出ている
愛のすべてのかたちでこの世界は満ちている



2月末に独りで籠って自分の内面にじっくり向き合った時に、「LOVE」というテーマが向こうからやってきた。「LOVE!? 私はLOVEで何を表現するのだろう??」正直言って、その時はよくわからなかった。「LOVEは関係性を表すのかしら?『手塩にかける』という言葉のように、心を込めて関係性を築いていくことかなぁ…」いわゆる一般的な「LOVE」というわかりやすい概念のものではないのだろうということだけははっきりしていたけれど…。というか、そういうものがあまり得意でないので…。自分が表現するとしたら、心を込めて創るしかないんだろうな…。その時はそれくらいしか浮かばなかった。

上の詩は、出来上がったサンプル数点を見た時に、浮かび上がったイメージ。その時「LOVEなのに、独り!?」と思ったけれど、これは自分の世界だからだと思う。静寂の中に独りでいるという感覚は、籠っている時の感覚に近い。自分としっかりつながっている感覚、まずは自分との関係性を築くことから始まる。高揚した感覚ではなく、静かな満ち足りた感覚で、不思議な軽さを持っている。「心を込めてとか、いちいち考えなくても、ふつうにしていればLOVEなんだから」そんな感じだった。

この感覚は自分で予想していたものではない。出来上がって見て、「へぇ〜こういうところにたどりつくんだ…」毎回、新鮮な驚きがある。「歩いていると連れて行かれた」という感覚だ。でも、これが一番自分が求めている感覚で、このために創っているようなものだ。新しい境地に立つ、それが自分にとっては一番ワクワクすることなのかもしれない。


ジャイロトニック

二月末からジャイロトニックに通っている。身体の軸についてもっと知りたいと思い、通ってみると毎回発見がある。


「身体で気になるところはありますか?」(これはトレーナー)
「いえ、特には…」
「右肩痛いほどじゃないんですが、こう廻すと違和感あるんですよ。右に向けて身体を曲げると、左の足の力が抜けてしまうんです。それに視力が、右と左ですごく違って…」
「なんだ、いっぱいあるじゃないですか〜」
「確かにそうですね…」

こんな感じでスタートした。
「座骨に目があると思ってください」
そんなところに目を置くなんて、考えても見なかったので、とても新鮮な驚き。
これは楽しい。

身体の軸は背骨にそってあるが、幅は骨盤の座骨の幅だそうだ。それはほぼ両目の幅とおなじだ。私は、右目だけ使ってしまうので、顔の向きが右に少し向いてしまうみたいで、両方を使わないと、身体の向きも微妙にねじれてしまうらしい。

やっていると、身体の不調な部分がどこかすぐわかってくるので、
そこをなんとかしようとすぐ思ってしまうと、そこに意識が向いてしまい、
「目力(メヂカラ)使わないでくださいね」と注意を受ける。確かに気になるとそこに目がいってしまう。
不調なところをなんとかしようとしないで、調子いいところをさがすと
モードが変わってくるのを、少しづつ理解している。

気になるところをピンポイントであげてしまう癖があるので、
その部分全体に、
「みなさん、よろしくね」と心の中で声をかけて、
自分は、ジッと観察しているようにしている。

「私の場合、筋力がないので、筋トレしたほうがいいですか?」
「身体の全体が正しい動きができるようになればいいんですよ。」
あっそういうことなの?


自分と向き合う

インフォメーションにも載せましたが、7月は1ヶ月間出来るだけ自分に向かい合うことだけに集中したいと思い、セッションの受付を中止しました。10年間この仕事をずっと続けてきて、その間吸収するものも多く、忙しい毎日でしたが、今度はもっと自分の奥に意識を向けていきたいという思いが強くなってきたからです。

2月の運命の輪のWS以来、この自分の内面に向かいたい気持ちがとても強くなってきて、先週も関東近郊に1人で籠ってきました。2日間何もせず、ただ休むだけで、一切の入力がない状態になったときに、自分はどんなになるのか興味を持ったからです。

きっと知らないところだと観光したくなるので、一度行ったことのある場所を選び、2日間断食してみました。以前にも断食のリトリートでやったことがあるのですが、今回は1人でやってみようと思いました。やってみたら、意外にもほとんどおなかがすかず、ただひたすら寝て、起きて、お風呂に入って、ボーッとして疲れたらまた寝て…を繰り返しました。2日目に、近くのお寺にお参りに行ったときに、参道のうどん屋さんが見えたときに、メニューをチェックしなきゃという気になったのですが、そのときだけおなかが鳴りました。「何でメニューを見なきゃいけないんだろう…」と思いながら、その時に自分のモードが変わっていることに気づきました。外にいるときの自分は、まわりにかなり影響をうけているということに気づきました。

ホテルにじっとしているときも、何かを求めて瞑想するなんてことをしないように、ただ寝ていました。意図的なことをしない、それは楽しいことかと言うと、正直楽しくないし、快適でもなく、かといって特別不快でもなく、宙ぶらりんな気分でした。一度だけ、夢なのかなんだかわからないけれど、とても深い体験をしたような気分になりましたが、それはなんと表現していいのか、記憶できないし、まだ言葉にできません。


3日目の朝に、ホテルを出ましたが、その時に何となく憂鬱な気分が襲ってきました。なんだろうこれはと思いながら、かすかにタバコ臭いこの部屋にいるせいで、こんな気分になったのか、それとも自分の中にあるものが出てきているのかがよくわからず…きっと両方なんだろうなと思いました。多分自分に向かい合うことで、げっそりしたんだと思います。向かい合うことはかなりやっているつもりでしたが、今まで面倒だと思って触れていない部分に触れて、そこには自分が無意識に傷ついている部分がいっぱいあるような気がしました。

混沌とした自分の奥をじっと見つめるのは、意外とエネルギーがいるもので、帰ってから相当疲れているのに気づき、半日ほど寝ました。夕方焼き肉を食べ、テレビを見てから、もとの状態に戻りました。疲れましたがまたやりたい気持ちがあって、次回はどこへ行こうかなと検討中です。近場の湯治場なんかどうかなと思っているのですが、素泊まりできる静かなところをご存知でしたらお知らせください。





対話するジュエリー

「この人のようなものづくりに対する姿勢と感性で、作品を創りたい!」
ルーシー・リーは、私が初めてVINA AMUUを立ち上げるときに、少しでも近づきたい人として、コンセプトの中心に置いた人でした。

VINA AMUUの最初のコレクションのテーマ「凛として美しいもの」は、ルーシー・リーの器のイメージから浮かんだ言葉です。


まっすぐでいて、同時にたおやかなもの。
その奥に生命の持つ力強さを宿しているもの。
相反するものを内に含み、絶妙なバランスを保ったもの。
瑞々しい感性を、精確に表現したい。


これは私のルーシー・リーへのオマージュです。彼女のものづくりのスタンスに憧れ、わずかでも近づけたらいいなと思い、毎回コレクションを開いています。感性だけではなく、霊的な意味でも、とてもインスパイアされていると思います。本当に美しいものは、言葉など必要ないのだと思います。

彼女は、釉薬の配合などを科学実験のように細かく正確にノートに記録しています。この細かい作業の下積みが、一見シンプルな彼女の作品に、生命の息吹と存在感を与えているのだと思います。

先日偶然TVでルーシー・リーの特集をしているのを見ました。その中で、印象に残ったのは、ルーシーは、いつも自分に問い続けていたそうです。「陶芸ってなんだろう?」と。90歳になるまで数十年も陶芸に携わってきた人でも、つねに問い続けていたんだと知り、とても励まされました。

私もデザインしているときは、つねに問いかけながら、試行錯誤しながら、進めています。コンセプトの中にもそれを書いています。


デザインをするときに私は問いかけます。
私は何を表現したいのだろう?
その形の奥に流れているものは何?
それはいったいどのような形?
それによって何が開いていくのだろう?


いつもいつもこの作業を粘り強くやるしかないのです。このような、じっくりそれに向き合っていく地味な作業をずっと続けてきました。形になるまでは、一人孤独に修行をしているようなもので、時々ねをあげたくなることもあります。何となく閃くものに従ってコツコツと遺跡の中から、土器の破片を探し出すような作業のようなものです。

実際に形にするには、核となるものにどんどん肉付け(結晶化)していかなければならず、それが最初のイメージに、一致しているかをつねに確かめる必要があります。

形にしていくプロセスで、さまざまな石達に出会い、インスピレーションを与えられ、メーカーさんに一番ふさわしい製造方法を教わりと、たくさんのコラボレーションの輪が出来てきます。そうなってくると楽しくなってきますが、私はそれまでの一人の作業を、とても大切にしています。

ジュエリーを作ることは、自分と対話することから始まります。次回は5月の21日から6回目のコレクションを開催する予定です。私にとっては毎回が新しい冒険であり、新しいスタートにもなっています。

インフォメーション

U-Tsu-Wa/うつわールーシー・リィー、ジェニファー・リー、エルンスト・ガンペール展
2009年2月13日〜5月10日 21_21 DESIGN SIGHT
ミッドタウンにある美術館です。ルーシー・リーのビデオも上映されています。
エルンスト・ガンペールの作品もとても良かったです。


2010年4月28日〜6月21日(今年ではなく、来年の企画です)
ルーシー・リー展が国立新美術館で開催されます。


運命の輪WSレポート

2月1日に運命の輪の輪をまわすワークショップを開催しました。今回は、1年あまり習っていたアーサー王のタロットカードをベースに組み立てました。アーサー王神話の中に出てくる『聖杯』を探求するというテーマです。少し説明します。

『聖杯』というのは、一般的には、アリマタヤのヨセフがキリストの磔刑のさいのイエスの血を聖杯で受けた杯とされています。また、最後の晩餐に用いられた杯、ケルトの神話に出てくる魔法の大釜などとも言われています。『聖杯』は、物質界にあるものではなく、形になるまえの元型の世界にあり、それは宇宙の創造力または愛の源泉のエネルギーとも言えます。

『聖杯』は、私たちの心の中にあるものですが、私たちはそれを見失っているために、目に映る世界は、殺伐としたむなしい世界になっています。私たちは聖杯の源泉のエネルギーに繋がり一体となり、それをこの地上へ降ろすことで、そのむなしい世界が豊かな世界に変わっていきます。もともとこの世界は(エデンの園を追われた場所)、転落した場所、荒れ地なのだということです。私たちの心の中も荒れているので、外の世界も荒れ地になっています。荒れ地に目を塞ぐか、そこに落ちていくか、肥沃な土地にするために自己探求の旅に出て聖杯を見いだすか、私たちは選択を迫られます。

最近読んだ本で、五木寛之さんの『人間の覚悟』という本の中にも、親鸞が「地獄は一定すみかぞし」と断言しています。これは、自分がいまいるのは、悟りすました解脱の世界ではなく、常に人間としての生きる悩みに取り囲まれた『煩悩の地獄』であるという意味だそうです。だからこそ、念仏を信じ続けるのだと。これも同じことですね。

私はこの考え方を知ってから、逆に自分がとても楽になりました。なんか、覚悟が出来たと言うか、自分がこの世界に対して責任を持っていけばいいのだと思えるようになりました。

今回のビジョンマップは、2時間で表裏両面作成しました。今回はブルーとかグリーンといったアースカラーが多かったように思いました。やはり『聖杯』によって「荒れ地を緑地に変える」というテーマが無意識に反映されているようにも思いました。2時間で表裏両面作ることが出来たのも驚きです。みなさん、淡々と自分の作品を作っていて、その後のシェアリングも、グループで深く行われていたようで、今回は私の言葉を求められなくて、よかったです。個人個人がちゃんと自分で出来るし、グループで助け合っている感じがあり、今回の運命の輪のテーマ通り、仲間と共同創造できている感じがしました。

運命を廻すまえのエネルギーワークで、皆の頭を繋げてエネルギーを繋げましたが、とても不思議な体験でした。脳波が一致する感覚というのか、繋がっている感覚と個人の感覚を両方感じました。

今回は、ともさんの歌とハープの演奏もあり、盛りだくさんのワークになりました。皆で作り上げていくのが自然に出来ていたのが良かったです。これからどんな変化が起こるのか楽しみです♪



さて、これは私のマップです。前回から皆と一緒に作成しています。今回は、雑誌もあまり考えずに選び、もう本当に即興で作ったものです。WS前に作ると、いろいろ雑誌を見たり、綺麗に作ろうと考えてしまったりする癖が出るのですが、今年はそれをやめて、あるのでやろうと思いました。

こっちが表面です。この中に、「ようこそ」という言葉が2つあります。なんで「ようこそ」なのかは、わかりません。招かれているのか、招いているのか…

水の中は暗く、冷たく、
快適とは言えないが、
不思議な生き物で満ちている。
この別世界へようこそ。

切り抜いた言葉です。翌朝見た夢が、水の中の夢でした。
これは昔からよく見る夢です。真水の川底のようなところに、よく見ると大きなヒラメが…
エイやウナギや、よくわからない昔のさかなのようなものとか、
ちょっと気持ち悪いのですが、砂に埋まっていたりして見えなかったのに、
たくさんいるのです。
よく見ると黒い小さな犬もいます。手のひらに載るくらいの。
ヘェ〜こんなところにこんなものが…

そういえば、西表のナイトツアーも似たような感覚でした。
夜のマングローブ林によく見るとさまざまなものが息づいている、
その中にいるだけでワクワクします。



これは、裏面。余った写真を貼ったもの。
なんか頑張ってない感じでいいかなと思っています。
頭をくっつけたカモメは、WSで皆で頭を繋げたワークそのものかな?

使いこなせる
言葉を遺す
あなたにとって大切なことはなんですか

こんな言葉を貼ってみました。

いままでの私はいつも未知のものが好きでした。
いつもいつも、好奇心いっぱいであれもこれもと
口の中に放り込んでは消化不良の状態でした。

この裏面は、まったく逆のパターンだったのです。
これからは、いままでのものを見直す、使いこなす、耕す、遺すといった方向も
広がってきそうです。


去年の秋くらいから、自分が大きなタンカーのように、
ゆっくりゆっくり方向転換しているのを感じていました。
今年のお正月を過ぎてから、
ずいぶん風向きが柔らかくなって、
方向が変わったなと思っていましたが、
このビジョンマップを見て、
本当に自分の向きが変わってきているのを実感しました。
毎回いろんな発見があって、
また一年経ってどのようになっているのか楽しみです♪




calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< July 2018 >>

search this site.

selected entries

categories

archives

recent comment

  • 写真でスケッチ
    ミヤ
  • 写真でスケッチ
    memi
  • 多面性と可能性
    ミヤ
  • 多面性と可能性
    memi
  • 日々のこと
    ミヤ
  • 日々のこと
    memi
  • 時間の贅沢
    ミヤ
  • 時間の贅沢
    memi
  • 大雪
    ミヤ
  • 大雪
    memi

recommend

links

profile

書いた記事数:659 最後に更新した日:2018/07/19

others

VINAAMUU facebook

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM